第6話 (八戒)
祝日。
父さんはいつも通り会社、
天蓬もいつも通り学校。
悟浄は友達と遊ぶと言って出て行った。
「お前も来る?」って誘ってくれたけど、行かなかった。
そんなわけでずっと、図書館で借りた、本当は興味も無い本を読んでた。
夕方。日が落ちて部屋が真っ暗になる。
誰も帰ってこない。連絡もない。今日の夕飯当番は悟浄なのに。
また、捨てられましたかね。
どうせ期待もしてなかったから、誰とも話す気も仲良くする気もなかったし。
仲が良くたって、捨てられる時は捨てられますからね。
母さんがそうしたように。
ここに来るまでは、ずっと母さんと僕の2人暮らしだった。
父さんには会った事も無かったけど、僕はそれでも良かった。
毎日、僕は学校から帰ると、夕飯の支度をする。
2人で一緒に食べて、母さんは化粧してきれいになって、仕事に行く。
僕は宿題をして寝る。夜中、母さんはほろ酔いで帰ってくる。
そんな生活。生活は子供の目から見ても切り詰めてるし、父さんもいない。
それでも家の中が明るいのは
母さんの、おっとりしててマイペースな性格のせいだ。
食事にしても、あれが食べたいこれが食べたい。これは苦手。
どっちが子供か分からない。子供の僕から見ても無邪気。
「ごめんね?」って微笑みながらお願いされると、
いつも断れないけど頼られるのがうれしくて。大好きで。
ちょっと前まで、ずっとこんな生活が続くんだろうなって、思ってた。
いつからだろう。母さんの仕事が休みの日曜日、
「友達が来るから、夕方まで外で遊んでもらえないかな。」って
お願いされるようになったのは。
ある日、いつものように図書館でずっと本を読んでて、
閉館時間になってアパートに帰ると
僕たちが住んでる部屋から男の人が出て行くのが見えて。
ああ、そういうことなんだって、思った。なんとなく、分かる。
それからも母さんは母さんで変わらなかったし
僕も何も知らないふりしていつも通り生活してたけど、
内心ではあの男の人に母さんを取られてしまうんじゃないかって
怖くて怖くて堪らなかった。本当は。
そんな不安は的中して、ある日、母さんは仕事に行ったきり
翌日の昼になっても帰ってこなかった。
出がけに、「いつもごめんね?」と言って
僕の顔を両手で包み込むように優しく優しく触れたのは
そういう事だったのかと思う一方で、
何か事情があって帰ってこれなくなったのかも
という僅かな希望を持ってもいて、
不安で不安で気が狂いそうになりながら夕飯の支度をした。
すぐそこにある絶望をひたすら見ないふりして。
その時の、時間の流れの遅さといったら。
その日の夜。ピンポンとチャイムが鳴ったので、飛び起きて玄関のドアを開けると
以前アパートに来てた男の人とは別の、見た事も無い
背の高い男の人が立っていて
「お母さんはもう帰ってこない。今日から俺と暮らすぞ。」
と言った。それが、父さんと交わした、初めての会話。
どうしてこうなったのか、母さんから父さんにどんな連絡があったのか。
何も聞く気はない。聞いたって何も変わらないから。
一人には変わりないから。
真っ暗なリビングで一人。膝を抱える。
慣れなきゃ。一人に。寂しいけど。慣れなきゃ。
玄関がガチャンと開いて、ぱっとリビングの電気がつく。
「八戒 ?明かりもつけないで。どうしました?」
誰も来ないで。僕はぎゅっと手に力を込めた。
一人に慣れなきゃ。どうせまた捨てられる。
「どうしました?八戒 。」
天蓬が、僕が座ってるソファの、隣に座る。こんなのは初めてだ。
普段何を考えてるのか全く分からないこの兄が
今日に限って僕を気にかけてる。
僕に気を使わなくて良いですよ。一人の方が良いですから。
お願いだから構わないで。
その時。
「今日はずっと一人だったんですか?八戒 。」
そう言って、髪を撫でてくるから。
昔母さんがそうしたように撫でるから。
寂しいのも、悲しいのも、怖いのも、全部我慢しないと。
一人に、慣れなきゃいけないのに。
どうせまた捨てられるのに。
ても。
堪らなくなって、天蓬の胸に顔を埋めていた。
「・・・っ八戒 ?」
天蓬の胸の中は意外に暖かくて、大きくて、天蓬の匂いがした。
だから
泣いてしまった。
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どうでもいいですが母は花喃です。すっとぼけお姉さん。
この話は5話の後の話なのですが(時間的に)、「天蓬の匂い」って
書いてて、精液の臭いじゃないよ!?って自分で自分に弁解した。そんな6話です。