第4話 (捲簾)
天蓬の舌がねっとり絡まる。
逃げても逃げても追って来て、捕まって、吸われて。
天蓬の指がそこを撫でる。
それだけで濡れる。5本の指全部でやんわり握られるともう、
抵抗すらできない。
天蓬がゆらゆらと腰を動かす。
天蓬の中で締められて、擦られて、熱くて。
気持ち良くて、頭がどうにかなりそうなほど。
あれから。
気を抜くといちいち思い出してしまう。
「あ・・・あぁ・・・んっ・・・」
天蓬の、あの、甘ったるい声が頭から離れない。
でもあいつはぶち壊しやがった。自分から。
いつぞや「諦めない」とぬかした決意宣言は何だったんだ。
その結果が、これか?
長年、俺が殺して殺して距離をとって、家族として接して
なんとかバランス取ろうと努力して来た事を。
ぶち壊しやがった。
ぶち壊した張本人、天蓬はあれから前にも増して惚けてる。
とにかく早く前のように戻らなければ。時間が経てばきっと
あんなことは忘れられる。無かった事にして。腹立つけど。
金曜の夜遅く。家に帰ってリビングで一人、
ビールを飲みながらぼーっとしてると
キイ、とドアが開いて八戒が入って来た。
「おかえりなさい。」
「おー、ただいま。」
「父さん、天蓬とけんかしてるの?」
「ぶっ・・・!な、なんで?」
思わずビールを吹いた。
ガキ共の前では特に言い合いも何もしてないはずだが。
「なんでもなにも。父さん、いつも眉間に皺できてるし、
貧乏ゆすりはするし。ベランダの灰皿の吸い殻、てんこ盛りだし。
険悪な雰囲気、垂れ流しですよ。」
八戒が淡々とまくしたてる。それが逆に非難がましい。
そりゃ最近天蓬の事でイライラしてはいたが。
たれ流し・・・でしたか。
「わ・・・わり。」
無意識に自分の態度に表れてた事にも動揺するが
どう答えたものかと詰まってると八戒が言った。
「なんでもいいですけど。
・・・父さん。明日みんなで料理しましょうよ。
前に餃子作ったみたいに。」
八戒はすごい目力で俺を見つめる。
親が険悪な雰囲気垂れ流してるからって、腹立つとか悲しいとか、
無理に明るく振る舞うとかそういうんじゃなくて。
しかし明日は仕事なのよ。会議なのよ。土曜日なのに。
「ワリ・・・明日は仕事だからあさって・・・」
「絶対明日。お願いです。」
「でも仕事・・・」
「お願いです。」
ことごとく語尾に被せてお願いされた。
天蓬とのごたごたも、詳しい事は何も知らないはずなのに。
知らないけど、きっとこいつは何でも分かってる。
一歩も引かない真摯な目が、俺のずるい所もエゴ丸出しな所も
すべて見透してるような目が。昔、子供は一人で育てる
と言い張ったこいつの母親にそっくりで。
「・・・分かりました。」
としか言えなかった。
で、翌日の昼間。
オーブンからボウルを取り出す。
中には発酵が終わったパン生地が。
ガキ2人が横から覗き込んで「本当に膨らんでるー」
とか「すげー」とかキャッキャと騒いでる。
生地を取り出して包丁で4等分し、直径20センチくらいに
なるように、丸く、薄く、麺棒で伸ばしていく。
伸ばしたパン生地を天蓬、八戒、悟浄に配って、と。
ダイニングテーブルには、ソーセージ、ピーマン、ケチャップ、
マヨネーズ、コーン、プチトマト、ツナ、ゆでたきのこ類、ミックスシーフード、
大量のピザ用チーズ等々、朝もはよからスーパーで買い込んだ食材が並ぶ。
4人で一枚ずつ好きな具を乗っけてピザを作るのだ。
「よっし!じゃあ好きな具乗っけていいぞ。
最後は必ずチーズ乗せろな。」
そう言うとガキ共はまたキャッキャ言いながら
各々好きな具を取っては、具を乗せていく。
こないだの餃子も然りだが、参加型にすると子供受けがいい。
しっかし性格出てんな。
八戒は栄養バランスも考えての事だろう。野菜ときのこのピザ。
悟浄は好きなソーセージが大量に乗っかったソーセージのピザ。
ソースをケチャップとマヨネーズでオーロラソースにしてるあたり
冒険だが以外とうまそうだ。
天蓬はみんなで買い出し+下準備した具材には目もくれず、
マイペースにこないだの残りのカレーを上に乗っけてる。
それはそれでうまそうだが。
「オヤジは何にすんだよ!?全然乗っけてねえじゃん。」
「シーフードにすっかなー、準備しといてなんだけど、
こんだけあると迷うな・・・。」
「決めらんねえの?・・・歳かあ?」
「いちいちるせえ。梅干し乗っけるぞコラ。」
悟浄がわめいて、八戒が笑って、天蓬も、少し笑って。
こんなくだらない会話ばっかで。
しばらくして、焼き上がったピザをさらに4等分して、
ひとり一種類ずつ食べた。天蓬が、休みの日だしいいじゃないですか、
と冷蔵庫からビール2缶出して来て。じゃあ俺らもと
ガキ共はコーラ出して来て、4人で乾杯した。
人が作ったピザにあーだこーだ言いながら、
わいわい言って、食う。
自分も浮かれてて、ビールがずげえ美味く感じる。
昨日八戒が、『一緒にメシ』の提案をしてきた理由が、分かった。
ガキ共は普段ほったらかしだし、今回は心配もかけたが
こんな風にまた、みんなでメシ作って
みんなで食ってわいわいやれば、
大丈夫なんじゃないかと、思った。
続けていければ。守っていければ。
天蓬の事も。今までずっと無理して
固執してきたことなんて。
なんだったんだ。
捨てても、良さそうだ。
そんな考え事してたら天蓬がぽつりと言った。
「なにビール見つめてぼーっとしてるんです。
今日は盛ってませんよ。」
「・・・っ!当然だろ!つーかここで
その話しはすんなバカ!」
思わず大声で怒鳴る。ほらガキ2人が怪訝な顔してるじゃねえか。
「もるって何です?」
「やっぱ何かあったのかよ!?」
「るせえ。いーからテメエらさっさと食え!」
天蓬が続けて言う。しかも普段見せない満面の笑みで。
「もう歳だから、あんまり無理して飲むと
酔いがまわりますよ。って言ったんですよ。
歳とともに代謝機能は衰えますからねえ。」
「るせえ。俺はまだ若いっつの!」
「いつだったか、ライターをベランダに忘れて
無い無いって騒いでたじゃあないですか。
あれを老化と言わずして何と言うんです?」
クスクス笑う。
ガキ共はへえ、とかだせー、とか笑ってやがる上に、
八戒が何を考えてか分からんが、満面の笑みでふいに一言。
「僕、天蓬と父さんがこんなに会話してるの、
初めて見ました。本当は、仲良いんですね。」
そして極めつけ、悟浄の(こっちは恐らく素で
思ったまま言ってる。絶対。)一言。
「なんか夫婦喧嘩っていうか。夫婦漫才みてえ。」
・・・っこいつ、なに言って。
「何言ってるんですか悟浄。
表現が、おかしいですよ。
ねえ、捲簾。」
『捲簾。』
こいつも言いやがった。
この期に及んで、お父様とお呼びなどとは言わねえが。
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