第5話 (八戒)
悟浄の真意は分からないけど、とりあえず一緒に逃げてくれるらしい。
「悟浄、ありがとう。」
「まーたニコニコしやがって。
お前、何でも自分の思い通りに事が運ぶと思うなよ。
とりあえず一緒に逃げるのはお前が怪我人であってだな・・・」
悟浄がぼそぼそと悪態をつく。少し顔が赤い。
しやがって、って言われても。
もう癖で。自動的に出力されてしまうんですよ。
ニコニコしてれば、大概の事はどうにか切り抜けられるから。
それなりにやっていけるし。全く世の中単純ですよ。
なのに。どんなに努力しても手を尽くしても
手に入らない物もあるから世の中って単純のくせに世知辛い。
悟浄から受け取った服を着ようかと思ったその時、
悟浄が何か感じたらしく、静かに、と人差し指を口元にあてていた。
確かに、玄関の外に誰かが居る気配が、する。
木造ボロアパートの2階。痛んだ階段は上るたびにガタガタ音を立てたのに。
そんな音は一切しなかった。追っ手か。
悟浄は銃を手に取ると、顎で隣の部屋を示した。
隣の部屋のベランダから外に逃げるのだ。
と、その時。ピンポーンとチャイムが鳴って
玄関の向こうから場違いにだるそうな声がした。緊張が走る。
「ちーす!NHK受信料の回収に来ましたぁ!開けてくださーい。」
悟浄が返事しながら物陰に隠れる。
「うち、テレビねぇの!他所行って。」
「んじゃガス料金徴収に来ましたぁ。電気料金でもいいけど。」
「てめ、ふざけ・・・!」
「つーかなんでもいいけどドア開けてくんねぇかな。
ま、開けねえっつーなら・・・・」
カチャ、と銃を構える音がしたのと同時に
僕は隣の部屋に頭から突っ込んだ。
「てめえら蜂の巣決定な!」
ガガガガガ!とサブマシンガンが連射される大きな音がして
振り向くと今まで居た部屋が滅茶苦茶になっている。
「悟浄!」
ジャケット下のホルスターに手をかけたその時だった。
ゴリ、頭に固い銃口が突きつけられた。
見上げると、天蓬。
僕を見下ろすその目が、少し悲しげな。
その目を見て瞬時に色んな感情がわき上がったけど
結局一番強かったのはこの期に及んでどろどろの嫉妬心。
一人が玄関から突っ込んで、その隙に天蓬は隣の部屋から
ベランダ伝ってこの部屋に侵入。なんて事もないコンビプレーだけど。
僕と居る時は絶対させてもらえなかった事。
僕は所詮、どこまでいっても貴方の部下。
「まったくこんな事しでかして。」
天蓬が僕の前にしゃがんで、目線を合わせる。鼻先2,3センチの距離。
銃は突きつけたままで、反対の左手は僕の頬を優しく撫でてきた。
親が子供にするみたいに、やさしくやさしく。
目も、見た事無いくらい優しくて。好意が、溢れてる。
お願いだから、そんな事しないでください。
そんな目で見ないでください。泣いてしまう。
「八戒。今までずっと黙ってましたけど・・・」
そう言って天蓬がキスしてきた。触れるだけの。
でも、長い長いキス。
悟浄は無事らしく、すぐ隣の部屋では、玄関でサブマシンガンを
乱射しまくった男と銃撃戦になっているような音が聞こえる。
そんな中で、キス。
こらえきれず溢れた涙が、頬を伝ってしまう。
でもこれじゃ、駄目なんです天蓬。嫌なんです。
今までずっと。貴方に焦がれて焦がれて。
どんなに近くにいても思い通りにはならなくて。手に入らなくて。
どの部下よりも目をかけてもらってる事は自覚してますけど。
労れて、守られて、育てられて。
それじゃ嫌なんです。上と下じゃ。
対等になりたかった。
貴方の想う「好き」は僕が欲しいものとは少しだけ、違うのです。
だから。どうにもならないのです。
どうにもならないならせめて。
貴方の心を掻き乱したかったのです。
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