第2話 (天蓬)

八戒は、器用だし、素直だし、優秀な子だ。
気が利いていて、よく僕のデスク周りを整理してくれる。
「仕方ないですねえ。」なんて微笑んで。
自分のデスクなのに、八戒の方が何がどこに
あるか分かっている事もしばしば。

そして素質もあったから、自分の持っている物は
全て彼に教え込んできた。
いや、素質なんて関係ありませんね。
彼にだけ。こんなに目をかけて育てたのは。

なのに。どうしてこんなことに。

ちゃんと忠告はしていた。3日前の話だ。
この、諜報の世界には踏み込んではいけない闇がある。
そこには正義なんて通用しない。人殺しだってまかり通る。
例えそれがどんなに苦労して調査してきた仕事だろうが、
良心が痛もうが、『捜査不可』になった案件は、
これ以上関わらないのが絶対の掟。
その禁を破れば最後、あっという間に消されるのがこの世界。

「八戒。この調査は上から中止命令が出ていますので、
これ以上の調査は禁止です。」
「え・・・?」
「内閣の方の利害が絡むらしくて。下らない話ですが。
僕も悔しいですけど。我慢してください。」
そう言うと、八戒は少し微笑んで
「分かりました。それじゃあ、仕方ないですね。」
と言った。言っていたのに。
その微笑みの裏に、どんな気持ちが潜んでいたのだろう。

八戒が忠告を無視して調査を続け、最重要機密情報である
調査データを丸ごと盗んで姿を消したのが2日前。
組織はそれに気づくとすぐさま、内々に
八戒の抹殺と消えたデータの回収に乗り出した。
それほどの機密情報。
それと同時に自分はオフィスに軟禁状態。
小さなミーティングルームは取調室と化し
直属の部下である八戒の身辺について
色々と聞かれるはめとなった。それはもうしつこく。

「八戒はうちの職員の中でもかなり優秀な方だと思っていたが・・・。
こうなる前に、何か兆候のようなものは感じなかったのか?」
何万回この質問をされただろう。
一応組織のナンバー2、副長官である敖潤は
壊れたスピーカーみたいにずっと同じ事を僕に訪ねる。
「だから。そういうのは気づいてたら報告してますって。」

「彼は君の右腕だったし、君も自分の部下の中では特に
八戒を厚く信頼してきた事は知っている。
それでもこうなる事は予見できなかったか?」
だんだん苛ついてきた。ため息と同時に煙を吐き出した。
唯一タバコを吸う事は許されていたので
非喫煙者である敖潤の前でも遠慮せずスパスパ吸いまくり、
今や灰皿は吸い殻で山をつくっている。

「では質問を変えよう。先ほど新しい情報が入ってな。
八戒は殺し屋の沙悟浄と2人で逃げているらしい。
2人は以前から知り合いだったのか?」
「は・・・?」
聞けば、八戒抹殺のために組織が上ランクの殺し屋、
沙悟浄を雇ったにもかかわらず、何故か悟浄は八戒を殺さず、
今は2人で逃げているというのだ。
まったく理解できない。どうしてそうなる。

「・・・僕の知る限りでは、それは無いと思いますが。」
敖潤は盛大にため息をついて考え込んでしまった。
どういうことだ。八戒が殺し屋と?
お互い沈黙が続いたその時だった。

バン!と盛大にドアが開いたかと思うと、黒髪短髪長身の男が
ずかずかと入って来て、目の前のデスクにどっかり座った。
「あんたの部下も大変な事しでかしてくれたよなあ。」
ヘラヘラと笑いながら男は言った。顔は、見覚えがある。
・・・確か名前は捲簾。

元は特殊部隊に所属していた過激派中の過激派。
この男が関わる捜査に死人が出なかった事などない。
組織の問題児で鼻つまみ者。バーサーカー、狂犬等々呼び名は様々。
どうしてクビにならないのかと誰もが不思議に思っている。
諜報機関職員という肩書きが無ければ、ただの人殺しだ。
そんな男が、どうしてここに。

敖潤もこの男を快く思っていないらしく
きっちり眉間にしわを寄せながらこう言った。
「天蓬、君はこの男と組んで八戒の抹殺および
持ち出されたデータの回収を遂行してもらいたい。
君はずっと八戒と組んで仕事をしてきた。その経験から
八戒が立寄りそうな場所、隠れていそうな場所、
思い当たるところを徹底的に調べて欲しい。」
「!?」
よりにもよって、こんな男と?
敖潤は僕の非難がましい視線を徹底的に無視して、
一時没収していた僕の銃を、ごとりとデスクの上に置くと
「では私は長官に呼ばれているので。」と言って
そそくさと部屋を出て行った。

「そーんな怖い顔すんなよ、美人。
これから一緒に仕事するんだからよ。」
捲簾は、相変わらずヘラヘラしている・・・が
目つきは鋭く全然笑っていなかった。
この人はきっとどこかのネジが飛んでる。
倫理のかけらもなさそうな。
そんな、目。

八戒は、この男に殺される?
冗談じゃない。
僕はデスクの上に置かれた支給品のベレッタを取ると
ジャケット下のホルスターに、収めた。

 

第3話

▲風にあやかって逝け