第9話 動揺

悟能は混乱していた。
捲簾がもう4日も、屋敷に帰って来ていない。
こんなに長い間捲簾が屋敷をあけた事なんてなかったのに。
それとなく玉面公主に行き先を訪ねても
「南京へ行ったみたいよ。」と言うだけで
それ以上の情報は得られない。

ひっかかるのは悟能に何も言わずに出て行った事。
せっかく関係を持ったというのに。
他に愛人がいるのか?

あんな暴力的なセックスを今頃別の誰かとしているのか?
自分は彼の特別な存在ではなかった?
ふわりと浮かんだ想像に目眩がした。くらりと視界が揺れる。

混乱の原因は、捲簾の不在じゃない。
捲簾の不在で、こんなに動揺している自分に混乱しているのだ。
他の誰かを抱いていると思うとたまらない気持ちになるのは何故。
これは八戒の嫉妬心なのか。それとも悟能の焦燥感なのか。
自分の気持ちが、八戒の心なのか悟能の心なのか分からなくなっていた。

混乱した頭では何を考えても悪い方向へといってしまう。
昨日からずっとその調子で、部屋に閉じこもっていた。
玉面公主がそんな八戒を心配して、「友達と食事に行くのだけど、一緒にどう?」
と誘って来たが断った。今の状態じゃとても八戒を演じきれる自信がない。

しかし。
玉面公主が屋敷を出て行ってしばらくすると
屋敷の裏の方から車が停車する音がした。
玉面公主が帰って来るにはまだ早い。
捲簾に違いない。
八戒は安堵し高鳴る胸を抑えながら、とっさに閃いて、
あわただしく自分の荷物をそのへんに広げた。

案の定、捲簾はまっすぐ八戒の部屋に訪れた。
「なんだ、この騒ぎは。」
部屋にはいくつかのトランクが口を開けており、
八戒が商品やら服やら詰め込んで、荷造りをしている。
「香港に居る父から連絡があって。香港に帰って来いと。」
八戒はわざと素っ気なく言った。
「せっかく急いで帰って来たってのに。それでも帰る気か?」
捲簾が、八戒の髪をさらさらと撫でる。
「・・・4日も黙って留守にする貴方が悪いのです。
この4日間・・・」八戒は唇を噛む。
「けどこうして帰って来たじゃねえか。」
甘くそう囁くと、捲簾は八戒をベッドに押し倒した。

「・・・っどうして、僕なんです。」
八戒の開衿シャツのボタンを外していく捲簾に向かって、八戒は聞いた。
「俺の周りの人間は皆同じ目で俺を見てる。畏怖や嫉妬だ。分かるか?
国に逆らう奴、治安を乱す奴は容赦なく尋問して殺して来た。
そんなこんなで今や何人殺したかも分からねえ鬼長官だ。
俺がどんなにへらへら振る舞おうが、奴らは分かってる。
俺の本性がな。
だがお前は他の誰とも違う。お前は俺が怖くないのか?」
その問いには応えず、悟能は思った事をそのまま言った。
「貴方は孤独なんですね。」下から捲簾の頬に優しく手を添える。
「だからここまで生きて来れた。俺はそういう世界で生きてる。」

八戒をじっと見据える捲簾の目がまた冷たくなって。
あの時のように暴力的でもない。いつものようにへらへらしてるでもない。
ただ切なく。たまらなくなって、
悟能は頬に添えた手を捲簾の首にかけて
引き寄せ、キスした。

お互いの溜め込んだ欲が解き放されて
関をきったように深く激しく。
部屋に水音が響く。八戒も欲に任せて貪って、捲簾の服を脱がしていった。

捲簾は、こないだのセックスに比べると驚く程大人しい。
しかし今回はひたすら顔を八戒の見つめてくる。
じっと。

銜えられて羞恥に赤く染まるその顔を、
今度は扱かれて高ぶるその顔を、
射精する瞬間の、理性が飛んだその顔を、
挿入される時の、苦しげに喘ぐその顔を、
捲簾はじっと見ている。
悟能は心の中までひたひたと侵入されるような、錯覚を覚える。
心の中の八戒の領域に侵入されて、薄皮一枚で悟能の領域への侵入を防いでいるような。

八戒は視線に耐えられず、何度も起き上がって
捲簾に抱きつこうと背中に腕をまわそうとするが、
そのつど振り払われ、張り付けのように両手をシーツに
押さえつけれた。

思わず目をそらせば、艶かしく動く捲簾の腰と
役人のくせに引き締まった美しい腹筋が目に入る。
その時体が一層高ぶって、無意識に
さらに深く深く結合しようと捲簾の腰を引き寄せた自分に
悟能はまた混乱した。
天蓬の時とは何かが違う。何かが。

「・・・っく!」
悟能のそれで余裕をなくした捲簾はもう限界が近づいている。
挿入が一層激しくなり、八戒も再び、絶頂へと体が高ぶった。
「あっ・・・・ん・・・あ・・・!あ・・・!」
自分がびくりと射精した瞬間に、体の中の捲簾自身もびくりと脈打つ。
その瞬間、捲簾が抱きついて来た。八戒の体に、痛いくらい指を食い込ませて。
互いの体が壊れるんじゃないかと思うくらい、これ以上ないくらいぎゅっと。
八戒の耳元では、射精した捲簾の、荒い呼吸。
そして、八戒の髪を撫でるその手はどこまでも優しく。
やはり天蓬との時とは全然違う。胸が悪くなるようなことはなくて、
むしろ。

自分でも理解できない気持ちを抱えたまま、悟能は甘い声を出した。
「僕に、部屋を借りて・・・」
捲簾は返事する代わりにまたぎゅっと八戒を抱きしめる。
捲簾が暖かくて暖かくて、悟能の動揺は止まらなかった。

 

数日後。街の映画館。
「捲簾にアパートを借りてもらいました。密通する時は、そこで。」
映画の上映中で人気の無くなったホールの片隅で、悟能は
悟浄にそう報告し、悟浄からは活動資金を受け取った。
「でも時々間があく時があって。ひょっとしたら他に愛人がいるのかも・・・。
そしたら悟浄 、僕はどうすれば・・・!」
「おちつけ・・・、おちつけ悟能。俺を見ろ。」
疲弊し、珍しく取り乱している悟能を、悟浄はやさしくなだめた。
悟能の頬に、暖かいその手をそっと当ててやる。
「大丈夫だ。俺達がちゃんと監視してるから。」
落ち着いた、というよりは高ぶる感情を押し殺した悟能は、聞いた。声が震えている。
「・・・決行は、いつになります?」
「・・・まだ決まってない。命令を待たないと。」
悟能は口をつぐんだ。ホールに人がぱらぱらと現れだした。
ここを立ち去らなければならない。悟能は早口で悟浄に伝えた。
「早くしてほしいと上に伝えてください。
それと、悟浄 ・・・成功したら一緒によそに行きませんか?」
「それは・・・約束できない。
でも悟能は俺が守るから。」
そう言って悟能の髪をさらり、と撫でると、足早にその場から立ち去った。

「早くしないと・・・僕は・・・」
ひとりその場に突っ立っていた悟能は、
立ち去る悟浄の背中を見つめて、呟いた。

 

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