第10話 暗闇
夜。悟能は車の中で捲簾を待っていた。
「仕事が終わったら会おう。」と捲簾と約束して
いたのだが2時間待っても捲簾は現れない。
車は、捲簾の居る役所の裏門に駐車していた。
高くそびえる塀の上には有刺鉄線が張られており
その上から除く建物の窓には、銃を持った警備員が物々しい雰囲気で佇んでいる。
裏口にも警備員がふたり。犬を連れている。
「全然現れませんね。
ここは寒いし、別の場所で待たせてもらえません?」
悟能がそう言っても、運転手はそっけなく
「ここで待つようにとのご命令ですので。」と言って動く気配もなかった。
じっとしているのは耐えられなかった。
普段心の中にぐるぐる渦巻いているものが
どんどん膨らんでいって、嫌な妄想を作り出して、胸が苦しくなる。
自分の気持ち。変えようの無い結末。
ひとりで居る時はそんな気持ちで落ち着かなくて。
ふたりで体を重ねている時は、八戒の心の中だけでなく薄皮一枚突き破られれば
悟能の心の中まで忍び込んできそうな捲簾の視線に必死で耐えて。
何もかも忘れられるのは体が絶頂に達するその一瞬だけ。
そしてセックスが終わって、体が離れる時。
この時が、一番、辛い。
暗殺決行の日は未だ決まっていない。
その日まで、この繰り返しなのだ。
そんなこんな悶々と考えていると、やっと捲簾が裏門から出てきた。
「待たせてワリィな。出してくれ。」
そう言って車に乗り込む捲簾の顔は、声色とは異なり、暗い。
どうしようもないとは分かりつつ、それでも悟能は捲簾をなじった。
「こんなに待たせるなら、中で待たせてくれてもいいのに。」
「あ?あん中で?本気で言ってるのか?」
不機嫌な捲簾は、鋭い目で悟能を睨んだ。
「2時間も待ったんですよ。お陰で体が冷えてしまいました。」
「へえ、それであの中で待ちたかっただと?」
皮肉めいた捲簾の笑い顔はなにかが捩じれている様に見えて。
悟能はその語尾にかぶせて「もういいです。」と言った。
突然、捲簾の腕が伸びて強引に引き寄せられる。
「・・・っ!」
「仕事中、お前の事ばかり考えてた。
お陰で部下に上の空だと言われた。」
今度は捲簾の手が、悟能のジャケットの中に入ってきて
シャツの上から胸の突起を弄る。
「ふ・・・っ・・・ぅ」
その刺激に、悟能は思わず声を上げそうになったが
我慢した。運転手に聞こえる。
ちらりとそちらを見ると、何事も無いかのように運転している。
本当は全て聞こえているしミラーからも丸見えのはず。
捲簾もそんなことは構わず続ける。
「今日、男を2人逮捕したんだが・・・」
カリカリと痛いくらいに弄られ、悟能はピクリと体を震わせた。
「一人は逮捕する時撃たれて顔が半分無かった。
もう一人は見覚えのある顔だと思ったら
党学校時代の同級生だった。」
耳元で囁く捲簾の吐息が、熱い。笑っているような感じ。
「鉄の棒に吊るされた姿に
最初は言葉が出なかった。」
捲簾の手がするすると下に落ちて、
ズボンの上から悟能自身を撫でる。
「・・・!」
「どうしてだろうな、尋問中・・・」
ボタンが外され、チャックも下ろされて
手が下着の中に侵入してくる。
「!」
「奴がお前を犯す姿が頭に浮かぶんだ・・・。」
そして容赦なく扱かれる。
「・・・っ」
「何度鞭で打っても、打っても、打っても
浮かんできやがる!」
悟能は、やめてくださいと懇願するように、捲簾のジャケットをぎゅっと握った。
耳元の捲簾の声は、それでもやはり笑っているように聞こえる。
「最後、部下に止められて
気づいたらもう奴は動かなくなってた。
血だらけで、誰か分からねえ程顔を腫らしてなぁ。」
すでに充分熱をもって勃ちあがったそれの尖端を
捲簾の指先に、ぐり、と弄られて。
「っあ!」
たまらず悟能は声を上げた。
「あっ・・・ん!・・・あぁっ」
密通の為に借りたアパート。
後ろから激しく突かれながら、同時に捲簾の右手から悟能自身も責め扱かれる。
もう一方の手は胸の尖端を。悟能の中の捲簾もびくりと脈打ち、どちらも絶頂が近かった。
頭の中の余計な思案が消えて、頭の中が真っ白になる瞬間。
「ぅ・・・あぁ!」
「・・・っ!」
同時に、絶頂を迎える。
今日の捲簾は一番最初にした時みたいに、乱暴で激しい。
きっと仕事で疲弊している時程そうなのだ。
悟能を責めて責めて悶え喘ぐその姿をじっと見据える。
悟能はその真っ黒な欲をただただ受け入れて
そして
悟能もまた、欲に任せて捲簾を責めた。
言葉も交わさず、ただひたすらお互い嬲るように求め合う。
ぬぷ・・・と自身を引き抜き
体位を変えてまた挿入しようとする捲簾を
ベッドに押し倒して舐めて吸ってしゃぶって責めたてる。
捲簾の息が荒い。
捲簾自身を再び自分の中に収めると、
先ほど中に出された精液のせいで、ぐちゅぐちゅという音が響いた。
自分を見上げる捲簾の目が怖くて、ぼふっと枕を被せて目だけ覆う。
捲簾の上で腰を振る悟能。
音を立てるベッド。
悟能の下で息を荒くして悶えるその口元。
その顔が、いつも妄想する結末の中の捲簾と重なって
とたんに苦しくなった。
早く、イかなくては。
悟能は激しく腰を振った。
「ッ・・・く!」
絶頂が近い捲簾は、枕を振り落とし悟能の腰を掴むと
繋がったままごろりと悟能を押し倒し、正常位になって
ぐっと奥まで挿入した。
「あぁっ!や・・・ぁ!」
その刺激に耐えられず、背を反らせて再び射精する悟能。
その体にぎゅっと締め付けられて捲簾もまた、射精した。
捲簾の体が離れる時、悟能はしゃくり上げるようにして、泣いた。
捲簾は何も言わずに、そんな悟能をぎゅっと優しく抱きしめてやる。
セックスの後の捲簾の態度は、優しい。
その優しさが、体の暖かさが、一層苦しく感じて
悟能はしばらく泣き止む事ができなかった。
数日後。抗日活動家のアジト。
「すばらしいですね。奴も貴方に対しては警戒を解いている。」
久々に会った上機嫌の天蓬から、悟能はお褒めの言葉を頂いた。
「で、決行はいつになる?」
悟浄が天蓬に聞いた。
「それはもう少し待ってください。今計画を練っていますから。」
「悟能はプロじゃねえんだ。早くしないと。重圧に耐えられねえよ。」
「いいえ、悟能は最早立派な工作員ですよ。ねえ?」
そう言って、悟能に同意を求めようとするので、悟能は狼狽した。
天蓬は相変わらず美しいが、相変わらず怖い。
「悟能の安全も考えてやれよ。」
「考えてますよ。だからこそ慎重に計画を練っているんじゃないですか。
前から言ってますが、我々幹部のやり方に口を出さないでくださいよ。
我々はちゃんと計画を練ってますから。
貴方達はその計画を実行するのが仕事でしょう。」
天蓬は一方的にまくしたてる。
「悟能、すみませんが今しばらく
奴を罠につなぎとめてください。」
悟浄と天蓬のやりとりを静観していた悟能だったが、
天蓬の一言がひっかかり、口を開いた。
「罠?罠って何です。
彼を甘く見ないでください。
誰よりも鋭く嘘を見抜く人ですよ?」
悟能は自分の声が震えているのが分かった。
天蓬は「分かりました。急ぎますから。」と言ったが
歯止めがきかず、語尾にかぶせて続けた。
「人の心に蛇のように深く深く忍び込んでくるのを
いつも奴隷のように受け入れるしかないんですよ。」
天蓬がまた何事か言った。でも、止まらない。
声だけでなく体も震えている。声が、徐々に大きくなる。
「毎回、痛みのあまり血を流し叫べば彼は満足するんです。
生きてると実感するから。彼の生きる世界ではそれが真実。
だからこそ僕も彼を極限まで責めさいなむ。」
「もういいです悟能。」
捲簾と悟能の歪んだ性愛を垣間見て、天蓬も悟浄も顔を歪ませた。
「いつも、最後に彼の体が僕から離れる度に思う。
その瞬間、貴方達が突入し彼が撃たれれば・・・
僕は彼の脳髄にまみれる!」
最後は悲痛な叫び声に変わっていた。
「分かりましたから。とにかく貴方は現状を維持しなさい。」
天蓬はため息をついて冷酷にそう言い放つと、部屋を出て行ってしまった。
悟浄は悟能と目が合ったが、その任務の過酷さにかけてやれる言葉もない
と感じて、思わず目をそらして部屋を出た。
ひとり取り残される悟能はただ項垂れるしかなかった。
体はまだ、震えていた。