第4話 浸食
たった今好きなように弄ばれた唇が熱くて熱くて
不快だった。キスの感触が、まだリアルに残っている。
そして、それと同時にどっと疲れが押し寄せてきた。
結局、捲簾を屋敷の中へと誘い込む事ができなかった。
あんなに神経をすり減らして、集中して、ここまで来たのに。
恥も外聞も無くあんな言葉まで言ったというのに。
家の中に入ってパチンと明かりを付けると
仲間達が銃やら台所の包丁やらを持って身を潜ませていた。
駄目だった、と首を振ると、皆一様に緊張を解く。
「疲れている所悪いですけど、報告をお願いします。」
階段の上から天蓬が言った。
天蓬だけがここに居る誰とも違って、僅かに微笑んでいた。
報告は最後のキスを除いて、行った場所から捲簾の言動まで細かく報告した。
しかし今日一日行動を共にした事で、捲簾に気に入られたという事は
皆に伝わったと思われ、悟浄含め仲間達は一様に重苦しく黙っていた。
今日、捲簾を仕留める事はできなかったが、次がある。良くも悪くも。
唯一、天蓬だけが珍しく上機嫌で、
「すばらしいですね。あの用心深い男にここまで接近できるとは。
今日は疲れているでしょう。全て報告したなら部屋に戻っていいですよ。」
などと言っていたが、事態がこんな事になった以上、要は自分のいないところで
仲間内で今後の打ち合わせをしたいという事は、悟能にも分かっていた。
自室に入って、ベッドになだれ込む。
食事の時に見せた捲簾のあの目を思い出す。
冷たく人の心の奥底まで見透かすような目。
キスしてる間中、捲簾はずっと目を開けていて
悟能はその瞳にずっと見つめられていた。
一方的に嬲るようなキス以上に、それが苦しくて苦しくて仕方なかった。
捕食される前の動物のような。久々に、「怖い」と感じた。
普段の気軽な感じとは全く逆の冷たい目。
きっとあんな冷たい目をして抗日思想家を尋問しているのだ。
そうして尋問の果てに次々虐殺してきたのだ。きっと。
そんな男と次会った時、自分は一体どうなるのだろう。
愛人にでもなるというのか。じわじわと不安が襲う。
「悟能、いいですか?」
そんな事を悶々と考えていると、天蓬が部屋に入って来た。
「どうぞ。」
そう言うと、ベッドに腰掛けてる悟能の隣に座る。
「どうなりました。みんなで話し合って。」
「バレてましたか。今まで通りですよ。
我々の計画が成功するかどうかは今まで通り、貴方の手腕にかかってる。
やり方は、その場の貴方の判断に任せるだけ。」
そう言ってにっこり笑った。なんてずるい言い方。
それならストレートに「捲簾を誘惑して愛人になり、その隙をついて暗殺する」
とでも言えばいいのに。と悟能は思った。
「どうして僕なんです。他のどのメンバーでもなく。
どうして・・・」
こんなことに。
「貴方は自分では分からないでしょうが・・・」
天蓬は項垂れる悟能の顔に優しく手を添える。
「舞台に上がった貴方は何とも言えない色香があるんですよ。
人を惹きつけるような。」
「人を惹きつける?この僕が?」
「そう。さっきも見てましたよ。捲簾にキスされてましたね。
とても艶っぽかったですよ。声も、顔も。」
そう言って、指で悟能の唇をなぞる。
「僕が教えてあげましょうか?貴方のこと。
捲簾とのやりとりでも、きっと役に立つはず。」
何も言えないでいるとそのままゆっくり押し倒された。
どうして自分だけがまるで男娼のように
身を売らなければいけないのかという怒りと、
どうせ遅かれ早かれ捲簾ともこうなるという諦めと、
国の裏切り者を倒すという大きな目的の前には
自分の体を売る事など些細な事だという決意とが
悟能の中でごちゃごちゃに入り交じって、
最後には
結局悟浄の顔が浮かんだ。
これで悟浄の願いが叶うなら。
天蓬が、悟能の解禁シャツを脱がせて
露になったところから、キスを落としていく。
「はっ・・・ぁ」
悟能はただ、されるがままに天蓬の愛撫を受け入れていった。
「あぁっ・・・いた・・・」
充分に解された悟能のそこに、天蓬の熱が埋まると
それでも初めての感覚に悟能はたまらず声を上げた。
「力を抜いて。すぐ、慣れますから」
天蓬が悟能自身をゆっくり扱いていくと
体の力が抜けて、徐々に天蓬を受け入れていく。
「あっ・・・んぅ・・・っあ・・・ン」
「そう、その声。いいですね。
ほら、こうすると前を触らなくても気持ち好いでしょう?」
天蓬が前立腺を刺激するように角度を変えて挿入を繰り返す。
体が熱くて痛くて、でもひょっとしたら気持ちも好くて。
そして、何かが奪われていくような。
これでいい。
夏休みが終わって、全て完了すれば。
悟浄。悟浄。
悟能は思わず天井に向かって手を伸ばしていた。
天蓬がその手を取って口に含む。
ねっとりと指をしゃぶられる。
「あっ」
「ほら、分かります?貴方のここ、こんなに反応してる。
貴方やっぱり才能ありますよ。
後ろだけでイケるようになるまで、そう時間はかからないでしょうねえ。」
そう言って微笑む天蓬の顔は、
以前は綺麗だと思っていたのに、今は怖く感じる。
「あぁっ・・・ん」
天蓬が徐々に激しく腰を動かすと
悟能の中の痛みも葛藤も別のものに変容して。
体が高ぶっていくのが自分でも分かった。
あれから何回天蓬とこういうことをしただろうか。
全ては、悟浄のため、国のためと、余計な気持ちは殺して。
ギシギシとベッドが鳴る。
今日は、騎上位になって腰を振っていた。
「大分、慣れてきましたね。悟能。」
天蓬はいつも通り笑っている。その目が嫌でぴしゃりと言った。
「んっ・・・そんな、言い方、しないでください。」
今度は、捲簾とこれをすることになるのだ。