第2話 潜入

結局。
演劇部からは悟浄と悟能を含む6名の部員が
抗日運動の「任務」に参加することとなった。
しかも、捲簾宅の使用人として潜り込むのは、悟能と決まった。
「彼には演技力があるし、一度舞台に上がれば
どんなに観客が多くても堂々と役をやりきる度胸がある。
潜入役は悟能がうってつけでしょう。」
と、天蓬自らが指名したのだった。

季節は丁度夏休み。
何度も綿密な計画を練り、潜入に備えた。
まず、悟能は『猪八戒』という偽名を使って
捲簾宅に使用人として潜り込む。
そして彼の家の警備の様子や帰宅時間などを探る。
他のメンバーは悟能からの報告を基に、
暗殺の計画を練るのだ。

そして。
使用人として侵入する、初日。
「先日たまたま同郷の知人に会いましてね。
使用人を探しているのだが、良い人間を知らないかと聞いたら
香港大学の後輩だったという八戒君を紹介してくれたんですよ。」
と、紹介人の你健一が言った。
「猪八戒と言います。よろしくお願いします。」
「貴方、上海語が話せるんですって?」
「ええ、忘れて下手ですけど。
母が上海の人間で、僕も幼少期は上海におりましたので。」
「お父様は、何をしていらっしゃるの?」
玉面公主の問いかけが続く。

「貿易商を。でも最近は戦争でなかなかうまく行かなくて。
それで僕も大学を辞めて、こうして働こうとしているのです。
お恥ずかしい話ですが。」
「そう、大変ね。でも丁度良かったわ。
貴方のような方を探していたの。
使用人と言えど、品の良くない人はちょっとね。
貴方なら、品が良いし、私達と同じ、上海出身なら安心だし。」
どうやら使用人としての採用は決まったようだ。
先に述べた素性など、全てが、嘘。
皆で作り上げた、ただの「猪八戒の設定」だ。
第一関門は、突破。今日からここに使用人として潜り込む。
もう後戻りは、できない。

ちらりと応接間の窓の外を見ると、銃を持った警備員が険しい顔で立っている。
捲簾の家は、予想以上に警備が厳しかった。
入り口には常に護衛が2人。庭にはドーベルマンを従えた警備員。
「あらごめんなさいね?窓から見える所には立たないでと
言ってあるのだけれど。駄目ね。
主人が何だか難しい役職になったみたいで、家中護衛だらけよ。」
玉面公主はさも嫌そうに、言った。

「買い物に出るのも警護が必要だし。
最近は家にこもって友達を呼んで麻雀ばかりよ。
ねえ貴方、買い物と言えば、どこか良い所教えてくれない?
香港に来てからはずっとセントラルかレパルス・ベイなの。
飽きちゃったわ。」
「それならチムサーチョイはどうです?買い物できますよ。」
こんな時のために、香港の地理や観光地、ショッピング街、
様々なことを頭に叩き込んで来た。
「いいわね。じゃあこれからそこに行きましょう。
貴方もついて来て。」

その時だった。
ブロロ・・・と車が敷地の中に入って来る音がする。
「丁度良かった。主人が帰って来たみたい。紹介するわ。」
そう言って玉面公主が部屋を出て行く。
捲簾は多忙と聞いていたので、いつ会えるかも分からないと
思っていたが。初日から会えるとはラッキーだ。
しかし反日活動家を何人も尋問し、殺して来た男。
玉面公主の前では平気だったのに、
急に緊張して、手が汗ばんで来た。

部屋の外から玉面公主の声がする。
「・・・あら、じゃあまたすぐ出て行かれるの?
丁度良かったわ。紹介したい人がいるの。
今日から家の事を手伝ってくれるのよ。」
長身の男と、玉面公主が部屋に、入って来る。
「こちら、猪八戒よ。」
「よろしくお願いします。」
緊張を隠して微笑んだ。

「おー、よろしくな。」
捲簾はフランクに言い放つと
いきなり悟能の手を握って一方的にぶんぶん降って握手した。
「私達、これから買い物に行くの。」
「おぉ、じゃあ楽しんでこい。俺はまだ仕事あるしな。」
そう言ってスタスタと去ってしまった。
「うちの人、全然役人には見えないでしょう?
ちょっとはきりっとしてと言ってるんだけど。
まあ、いいわ。さあ出かけましょう。」
玉面公主に促されて外に出る。

本当に、役人には見えなかった。
今まで何人も人を殺しているようには。

 

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