第13話 襲撃

「ああ、2番目の兄さん。
これから買い物してから帰ります。
何か必要なものはあります?
・・・・わかりました。夜までには帰りますから。」
電話口の悟能がそう伝える。

『予定通り、これから1時間後に捲簾と落ち合って
加工した宝石を受け取りに行く。』
という内容の暗号だ。
悟浄は受話器を置いて、仲間達に「予定通り」と伝える。
今日の襲撃部隊は6人。皆香港大学の演劇部からの仲だ。
悟浄は銃をチェックした。
今日で終わる。そう思いながら弾を込めた。
今日が終われば、この任務から悟能を解放できる。

悟能は宝石屋近くのカフェにいた。
先ほどカフェの電話を借りて、悟浄に「予定通り」と報告した。
報告してしまった。
もう後戻りはできない。
しばらくしたら、捲簾と2人で宝石屋に行く。その時、悟浄達が襲撃する。
悟能は窓の外を見て、通行人の数を数えた。
わき上がる雑念を追い払う為に。
今日で終わる。そう思いながらひたすら数えた。
今日が終われば、、、

 

捲簾と悟能が宝石屋を訪ねると、
自信に満ちたハリスが2人を出迎えた。
「傑作ができました。」
「へえ、じゃあ早速見せてもらおうか。」捲簾も機嫌が良い。
ハリスはいそいそと2人の前にベルベッドのトレイを準備すると
その上に、ネクタイピンとカフスボタンを並べた。
どちらにも翠に輝く石がはめ込まれている。
それぞれのデザインは、シンプルだが、繊細。
華美な装飾は無く、男の悟能が身に付けても派手すぎず品がある。

捲簾は悟能の手を取り、カフスボタンを付けてやる。
手を握られて、悟能の体は一瞬こわばった。

捲簾の手。
体に食い込むくらいに暴力的に悟能を求めたその指の感触が蘇る。

思わず目を逸らせば、捲簾の腰が目に入った。
官職のくせに引き締まった体。その腰が艶かしく動く度に
美しく浮かび上がる腹筋、悟能の中で熱く主張する捲簾自身。

悟能は一層動揺する。動悸がする。呼吸が乱れる。
ある時は優しく抱きしめて、ある時はすがるように悟能を求めたその腕。
捲簾の顔を見る。
料亭に行ったあの時のように、穏やかな顔をしている。
見ていられず、うつむいた。

「どうした?」
動揺した悟能を見ておどけたように捲簾が聞いた。
「こんな・・・高価なものを頂いて・・・
僕は、どうお礼をしたら良いのか・・・。」
「別に礼が欲しいわけじゃない。」
そう言って優しくその手で悟能の髪を撫でるから。

「ねえ捲簾。」
「なんだ?」

「僕をずっと、
貴方の心の中に置いてくれます?」
そう言って、捲簾の顔を見た瞬間。

ああ。
もういい。
もう。

「捲簾、」
「あ?なんだ?」

「逃げて。」

最初は意味が分からない、と言いたげな、
今だ穏やかな捲簾の表情が、みるみる変わって。
捲簾がその場から駆け出した。
ハリスの部屋を出て、階段を駆け下りる。
ドアを蹴破る。
「車を出せ!」
捲簾が車に飛び乗る。
それと同時に、車が急発進した。

立ち去る捲簾を見て焦った仲間が
銃を撃ち、パン!パン!と銃声が響いたが
捲簾を乗せた車は、無事その場を走り去った。

窓からそれを見届けると、一気に悟能の緊張が解けた。
只ならぬ事態にハリスが英語で何事かと
聞いていたが、答える気力も無かった。

数分後。悟能は店の外に出ると
店に入る時には確認できた、仲間達の姿は無かった。
恐らく騒ぎを聞きつけて、もうすぐ治安警察が駆けつけるだろう。

さて、これからどうしようか。
ジャケットに縫い付けてある青酸カリのカプセルを取り出す。
しばらく眺めていたが、飲まずにそのまま道に捨てた。

周りの人々は、さっきの騒ぎなど無かったかのように
買い物をしている。皆楽しそうだ。
何故だか知らないが、景色が少しだけ鮮やかに見えた。
前はどんなに活気がある場所でも曇り空のようなイメージしか無かったのに。
今はこんなにも日差しがまぶしく暖かい。
その中を、同じようにして皆と同じようにぷらぷらと歩く。

ショーウインドウに映った自分。
捲簾から貰ったカフスボタンとネクタイピンがきらりと輝く。

治安警察と思われる男達がこちらに
向かってバタバタと走って来る音がする。
その中で、悟能は思った。

捲簾が何度も見せたあの冷たい目。
最後に、その眼差しごと彼を抱き締めたかった。
八戒としてではなく、悟能として。

 

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