エピローグ

「元は香港大学の学生で演劇部でした。
演技がうまいとかで、一度新聞に取り上げられたことがあります。」

部下が捲簾のデスクに小さな新聞の切り抜きを、ぴらりと落とす。
捲簾は怒鳴った。
「知ってたならどうして黙ってた?何故報告しなかった!!」
「・・・それは、あなたとあの男の関係が・・・」
部屋には捲簾の荒い息づかいだけが響く。

「とにかく、これで問題解決です。
天蓬他組織の幹部は行方知れずですが
実行犯は他の者も全員逮捕し、自白させました。」
「・・・分かった。それで充分だ。」
なるべく平静に言ったつもりだろうが、
捲簾のこめかみには青筋が浮いている。

「尋問されますか。他の者とは隔離しています。」
部下は一応気を使って聞いたが、次の瞬間捲簾に
鋭く睨まれ、冷や汗が出た。

「調べなくて良い。」
捲簾は書類に雑な字で乱暴にサインする。
「南の採石場で22時までに処理しろ。全員だ。」

「分かりました。
・・・あと、これを。」
部下はそう言って書類を受け取ると、
ポケットからカフスボタンとネクタイピンを出した。
翠の宝石が場違いにきらきら輝いている。

「これは俺のじゃない。」
捲簾はそう言って部下を睨んだが、部下は
何も言わず書類を持って退室した。

部屋には、宝石と捲簾だけが取り残された。

 

悟能は捕まってからようやく、他の仲間と合流した。
合流と言っても処刑場に向かう事はなんとなく分かっている。
実行部隊は全員捕まったようだった。
皆、後ろ手に縛られて、何事かうわごとを言いながら
治安警察に促されて、森の中をとぼとぼと歩いていく。
悟能は個室で特に何も尋問されなかったが
他の者は激しく尋問されたとみて、歩くのも困難な者もいた。
悟浄の姿も見つけたが、頬が腫れていて唇が切れて血が固まっていた。

日が落ちて周囲は真っ暗だ。
少し歩くと崖があり、そこに向かって
一列に並ぶよう指示された。
たまたま悟浄の隣になる。

一番端からパン!という銃声とドサッと人が倒れる音がする。
悟浄が、こちらを見ている。
表情は分からない。
悟能はただ、まっすぐ前を見据えていた。
目の前には崖が、闇が待っている。

捲簾は自分の屋敷につくと、ふらふらと
悟能が寝泊まりしていた部屋に向かった。
ベッドに腰掛け、項垂れる。

そこに玉面公主が現れた。
また客人と麻雀でもしていたようで、
客間からは女の楽しげな声が漏れている。

「貴方の部下が八戒の荷物を持っていたわ。
貴方の書斎のものもいくつか。」
「八戒は・・・香港に帰った。」
捲簾はぎりぎり、そう答えた。

「なにか・・・あったの?」
「いや、大丈夫だ。ほら、客人が待ってるぞ。
麻雀を続けろ。」
なるべく優しくそう告げたつもりだったが、
捲簾の表情を見て、玉面公主は口をつぐんでその場を立ち去った。

捲簾は一人、悟能が使っていたベッドをなでる。
手首には、カフスボタンについた翠の宝石が輝いている。

『僕をずっと、
貴方の心の中に置いてくれます?』

 

もし
もしも、
抗日活動家もなく、党もなく、国もなく、戦争もなく、
自由だったなら。

それは決して叶うことのない夢の世界。

その夢の中でだけ、2人は寄り添うように一緒に居る。

 

▲秘密