第12話 アンコンディショナル・ラブ

料亭からの帰り。
捲簾と悟能を乗せた車は、屋敷の近くで停まった。
捲簾は運転手に車の外で待つように言うと、悟能に向き直る。
「お前に頼みがある。」
そう言って封筒を差し出した。
「明日これを持って、封筒に書かれている住所を訪ねろ。
そこにはハリスという男がいるから、その男にこの封筒を渡して欲しい。」

悟能は、緊張した。捲簾からの頼まれ事なんて初めてだ。
これも信頼の証だろうか。それとも罠か。罠の可能性も否定できない。
捲簾は機嫌が良さそうに笑っていて、その表情からは何も読み取れない。
もの言いも緊張感がなく優しい。
一体何の目的でこのような事をさせるのか
と訝しむ気持ちを隠して、封筒を受け取った。

「そこで何か言われたり渡されたりしたら
後で教えてほしい。とにかくこの事は誰にも言うな。」
「・・・分かりました。」
悟能がそう言うと、軽くキスをして悟能を車から降ろすと
「まだ仕事が残っているから。」と言って去っていった。

翌日。抗日活動家のアジト。
やかんの湯が沸いて、しゅんしゅんと音を立てている。
その蒸気に封筒をさらせば、のり付けされた封筒を
破らずに開ける事ができる。

昨日、捲簾から悟能に渡された封筒を、天蓬がそっと開けると
中には捲簾の名刺が一枚だけ、入っていた。
「どう思います?罠でしょうか。」と難しい顔をした天蓬。
「悟能が疑われてるんじゃねえのか。」
だから言ったじゃねえか、と言わんばかりに悟浄は苛立っている。
「これじゃあ判断のしようがないですね。
とにかく悟能はこの住所に行ってみてください。」
「はい。」
「・・・っ!」
「我々は外で見張りましょう。
・・・他のメンバーに指示出してきます。」
何か言いたげな悟浄を押さえ込むように言うと
天蓬は「封をしといてください。」と封筒を悟浄に預け、部屋を出て行った。

部屋には悟能と悟浄、ふたりきり。どちらも沈黙した。
悟浄が反抗しようが天蓬の決定は絶対。
しかし悟能はそんな事はどうでも良く、与えられた任務を
淡々とこなすだけだった。どんなに危険な事でも。
ひょっとしたら今日自分は死ぬかもしれないと
緊張してはいたが。
騒いだところでもう誰にもこの流れを止められない。

悟浄は引き出しから糊を取り出して封をすると、封筒を差し出した。
「お前ばっか危険な目に遭わせて、悪い。」
悟能は何も言わずに封筒を受け取ろうとしたが
悟浄はなかなか封筒を離さない。悟浄の顔を覗き込む。
「?・・・んっ」
突然。キスされた。

悟能は抵抗するように悟浄の胸に手を当てたが
悟浄の腕が体を包んで離さない。
「ぅ・・・ん・・・」
長い長いキス。
苦しくて苦しくてたまらない。
キスのせいではなく。
悟能の気持ち。八戒の気持ち。3年前の気持ち。
変えようの無い未来。色んなものがどっと押し寄せる。

悟能が力を込めて抵抗して、やっと唇が離れた。
「・・・ワリ。」
はあはあと息を整える。頭が混乱したまま
悟浄の顔も見ずに、絞り出すようにして、つぶやいた。
「・・・・どうして3年前にしてくれなかったんです・・・。」
悟能は封筒をひったくるようにして奪うと
足早にその場を去った。

 

1時間後。
悟能は封筒に書かれた住所にいた。
そこは大きな通りに面した宝石屋。
通り沿いには他にも洋服屋やカフェなど様々な店が並んでいる。
それらはどれも外国からやってきた高級品ばかりで、
街を歩く人々もこぎれいな富裕層だった。
あたりを見回すと、何人かと目が合う。
ショーウインドーを覗くカップル。通行人など。その中には香港時代の仲間も居た。
そして帽子を目深く被った悟浄。抗日活動家のメンバーが見張っている。

悟能は店に入り異人の店員に
「ハリスに会いにきました。」と英語で伝えた。
2階に通され、ハリスと名乗る異人に、封筒を渡す。
ハリスはどっかりと椅子に座ると、封筒の中の名刺を取り出して
悟能の顔と交互に見比べた。

悟能は無表情を装っていたが、さすがに緊張した。
この名刺が何を意味するのか。
異人の表情からは何も読み取れない。

ハリスは自分のデスクの前に置かれた椅子に座るよう
悟能を促すと、引き出しから小さな袋をいくつか取り出した。
デスクの上のトレーに、袋の中身をぽろぽろと出す。

宝石だった。

「お支払いは済んでますので、お好きなものをお選びください。
お選び頂いたら、私が責任を持って最上の加工をほどこします。」
ハリスが商売人の顔でにっこり笑って言う。
きらきら輝く石たち。
宝石に縁遠い悟能でも、それらがとてつもなく
高価なものだと察しがついた。

「このいくつかの宝石は、事前に捲簾様にお選び頂いたものです。
なるほど貴方の瞳の色と良く合う。そしてどれも一級品ですよ。」
宝石は悟能の瞳の色と同じ翠色。
彼の心。

あの捲簾が。
抗日活動家にとっては冷酷無情の鬼と言われている男。
肉体的にも精神的にも嬲るようなセックスをする男。
それが
まるでその辺の恋人達がするようなことを。
相手に自分の情の深さを証明するような。
こんな回りくどい事までして。

ハリスが「どうされました?」と聞いてきても、
悟能は、しばらく何も言えなかった。
石のように固まったまま。

 

石の加工は1週間程度かかるという。
できあがったものは捲簾と一緒に取りに行くことになった。

そして

その日が捲簾暗殺決行の日と決まることになる。

時はどうあがいても止められない。

 

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