第3話(悟浄)
「今度入る新人、お前ん所の空き部屋に住まわせることにしたからー。
名前は八戒な。明日引っ越しだから一応連絡しとく。」
携帯の留守電に捲簾からこんなメッセージが入ってた。
俺みたいに捲簾のところで働いてて家無しの奴に提供される部屋。
2LKの部屋には今まで色んな奴が同居人としてやって来たが
どいつも1ヶ月以内に出て行く。
ウリなんて手っ取り早く稼げるけど向かねえ奴は絶対無理だから。
今度の奴もどうせすぐ「つらい」とか「ケツ痛い」とか言って
出て行んだろー、なんて思ってたから名前も覚える気無かったのに。
最長記録更新中。
八戒がここに来てから2ヶ月がたった。
しかも奴は2ヶ月目にして売り上げナンバーワンだった俺を抜いて
いきなり売り上げトップになってる。
常連客だった待覚社長もこのところ八戒を買い続けていて俺とはご無沙汰だ。
いわく「八戒は儚げ」で「仕草に艶がある」んだと。
他の客も八戒のそういう所がイイらしい。
みんな騙されてる。
あれはいつだったけ。
八戒が引っ越しして来て初めてまともに会話した日。
前日から飲んでて昼に家に帰ったら。
「あんっ・・・はぁっ・・・そこっ・・・もっと・・・!」
家の中には女の喘ぎ声が響いていた。
え!?なに?いきなり女連れ込んでんの!?って思ったら。
AVだった。
真っ昼間にリビングのテレビ(共用)で八戒がAV見てた。
しかも片手を顎に添えて眼鏡までかけて。大真面目に。
八戒だけ見たら「ニュース番組を真面目に見てる人」に見えるくらいの。
「あんた・・・なにやってんの・・・」
「あーおかえりなさい。すみません気づきませんでした。
アダルトビデオ見てまして。」
「んなの見りゃわかるよ・・・」
「仕事の参考になるかなと思って。」
「はあ?」
「男が喜ぶ仕草って何かなぁと思って。」
「自分がぐっとくる仕草って無いの?」
「ないですよ。だから。一般的にどういうのが受けるのかなあ、と。」
無いって。八戒は照れも恥ずかし気もなく言い放った。
何それ。恋愛したことないのこいつ。
捲簾からは大卒で弁護士免許持ってるって聞いてたけど。
勉強ばっかしてた奴は皆こんななの?
人種が違すぎて全然分かんねえ。
つかそういう奴とここまで会話が続いてること自体奇跡じゃねえ?
俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと
テレビの前に座った。あーこのAV俺も見た事ある。
「ふーん。それで分かったの?男が喜ぶ仕草って奴。」
「ええ。大体は。AVっていろんなジャンルありますけど
こうして見るとある程度パターン化されてるっていうか。」
そう言って少し笑った。
そんな見切ったぞみたいな顔されても。AVで。
つかこいつが座ってるソファの影で見えなかったけど
床には十数枚のAVが散乱している。どんだけ借りて来たんだ。
思わず俺も笑った。こいつ面白い。なんか変。
「ねえ、悟浄のお気に入りのアダルトビデオってあります?」
八戒が床座りしてる俺に四つん這いで近づいて来た。
猫みてえ。つか近いんですけど。
綺麗な顔のそのなかでもひときわ綺麗な色の瞳の中に俺が映って。
「あるけど」
って答えるだけで精一杯だった。
「どういうシーンが、どんな風に好きなんですか?」
八戒の顔がさらに近づく。息がかかるくらいに。
なんなの。俺がぐっと来る女の仕草なんて聞き出してえの。
いや。
「俺を試してんの?」
そしたら八戒はにっこり笑って
「あなたはどんなのが好きなのか、知りたいだけ。」
いや、絶対試してるから。
なんて奴。
危ない。普通に試されるところだったよ。
だから艶があるとか儚げだとか
絶対計算ずくでやってることだ。
どんなやつに何をしたらウケるのか。
その大卒の良く出来た脳みそで全部考えて。
そこにあの美貌だから。そりゃ人気もでるわな。
そんなこんなでこの1ヶ月、奴は働き詰め。
正直心配だ。
だって。
その時電話が鳴った。
捲簾だった。
「悟浄、八戒知らねえか?」
「なんで?」
電話口の捲簾は早口で、いかにも焦ってる。あの捲簾が。
「仕事すっぽかした。電話にも出ねえ。」
「まじか。」
内心は、「やっぱり」だった。
ガタがきたんだ。
『ないですよ。だから。一般的にどういうのが受けるのかなあ、と。』
あの時の八戒の言葉がよぎる。
あんなこと言うような人間が、
そんな恋愛もしてこなかった人間が、
計算だけで人と寝るなんて。
無理だろ。