第15話(八戒)

帰ると部屋は真っ暗だった。
悟浄はまだ帰ってきていないようで、押さえていた焦燥感がじわりとにじみ出る。
落ち着け、と言い聞かせる。

連絡を取ろうと携帯を取り出した時、玄関のドアがガチャリと空いて。
振り返ると、悟浄がいた。

「おっとっと・・・」
靴を脱ごうとしてふらつき、壁に手をつく。
顔が血だらけだった。

「ちょっ、どうしたんです?!」
「ワリィ。服とか床とか、汚しちまった。後でどうにかするから。」
左手で靴紐を解く。右手は痛むのか、だらりと垂れたままで使おうとしない。
やっと靴を脱いで部屋に上がる。

「捲簾のところでちょっと・・・な」
そこでやっと、目が合った。

ああ、駄目だ冷静になんてなれない。
不安と恐怖がどっと溢れた。
怖くてたまらない。
このまま悟浄に身を委ねていたかった。
だってもう悟浄は自分にとって。

「あーっ!もう!バカか俺は。」
急に悟浄が叫んだ。
その瞬間。ぐいっと腕を引っ張られ、悟浄の腕の中に収まる。
悟浄の左手が痛いほど背中に食い込んで。
右手はだらんと垂れたまま。
僕の首筋に顔を埋めて。
「ごめん!」

「ごじょう・・・」
「天蓬から電話来て聞いた。
俺が捲簾から金貰ってるの、聞いたんだろ。」

「・・・」
「八戒。ホントごめん。
八戒の事、好きで、心配で、あん時だって、
いてもたってもいられなくてヤクザの事務所乗り込んだのに。
金なんて、受け取るんじゃなかった。俺が間違ってた。」

「ごじょう・・・」
ああ、力が抜けていく。
「だから」

悟浄の左手が、僕の髪をやさしく撫でて。
「もうそんな顔、すんな。」
抱きしめる。ぎゅっと。
いつもの匂い。
「悟浄。」
こうしてまた名前を呼べる事が、側にいられる事が、嬉しくて。
悟浄が痛みで根を上げるまで、抱き合ってた。ずっと。

「痛って!まじ痛てぇ!」
打ち身に湿布を貼ってあげると、悟浄は派手に声を上げた。
「どうしてこんなになったのか、僕全然分かってないんですけど・・・。
そもそも、どうして捲簾のところに?天蓬のところではなく。」
「うんまあそうなんだけど。
ややこしいんだよ。アイツら。」
傷をさすりながら、悟浄は話してくれた。

聞けば、天蓬の迷惑な行動はすべて、
捲簾を困らせるためにやっていることらしい。
「天蓬だけじゃなく捲簾もだ。
俺が天蓬に出会った時からずっとそうなんだ。
ふたりは長い付き合いのはずなのに、
憎んでるんじゃねえかって思うようなことをする。
天蓬は捲簾がいて、いっぱしの仕事があるにもかかわらずウリなんてやってるし、
捲簾はそんな天蓬を責めもせず野放しで女とも遊ぶ。
こんな仕事してるから経験ない奴を仕込んだりもする。
天蓬もそこんところは口ではなんも言わない。」

傷つけあいながら離れない二人。
今までまともな恋愛もままならなかった僕にしてみると
不思議な関係としか言いようがなかった。

「天蓬がこういう面倒臭い事すんのは、
捲簾への嫉妬っていうか、嫌がらせなわけ。
だから捲簾のとこ行って、暴れ・・・ていうか
抗議しねえと、ってとっさに思ったんだろうな。
ブチ切れてあんま覚えてないんだけど。」

抗議でこんなこっぴどく反撃食らうだろうか。
捲簾も痛いところをつかれたということか。
にしても迷惑な人たちだなあ。

「ところで。本当に病院行かなくて大丈夫なんですか?」
「うんまああちこち痛えけど、骨は折れてなさそうだから大丈夫。
つかこのまんま病院行くと警察に通報されちまうし。
明らかに喧嘩の傷だから。」
「はあ。」

「確かに捲簾にガツンと抗議したかったっちゃあしたかったんだけど、
警察沙汰だけはまずいんだよね。店、やってけなくなるから。
法律で未成年は働かせてだめみたいで。
未成年は俺だけなんだけど。ひっかかるんだよね。」

「そうですね。未成年は雇用できない事になって・・・」
今、何より衝撃的な事を聞いた気がする。
「・・・って悟浄、一体あなたいくつなんですか!?」
「19。今年で20になるけど。」

19!?
混乱した。
全然見えない。自分と何歳差だ?
ていうか今まで未成年にこんなに助けられて、甘えて、キスして、それ以上の事もして?
なんてことだろう・・・。

「見えないです、ね・・・!」
「よく言われる。」
と笑われると、
何度も見た笑顔なんだけど、なんだか年相応にも見えて。

ヤクザの事務所での無茶な立ち回りも、
今回の前後が分からなくなるほど切れて
捲簾への事務所を奇襲したのも。
若さからのものなのかもしれない。
と考えると妙に納得もできて。

悟浄のこと、急に沢山分かった気がして、嬉しくなった。
好きな気持ちが、どんどん大きくなる。

「お前、なに笑ってんだ。」
「べつに」
と笑う。悟浄も笑ってる。
どちらからともなく、キスをした。

ああ、悟浄がいる世界は、なんて・・・。

 

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