第11話(八戒)

一瞬カッとなって、我を忘れた。
気づけば、自分の下ではぁはぁと息をする天蓬さんが。
蔦の拘束を、解いてやる。

「悟浄も、この世界長いから。
ちゃんとどうしたら良いのか分かってるんですよ。
ホストにも向いてますよねえ。
あなたも、その気になったでしょう?」

ぐったりとベッドに身を預けて、息を切らしなが言う天蓬さんは
多分すごく艶っぽいんだろうけど、口から出て来る言葉が毒々しい。
いやだ。聞きたくない。ここにいたくない。

身支度を整えて部屋を出ようとする。
その背中に、天蓬さんがなおも続けた。呪いみたいに。
「だからあんまり真に受けると、かえって悟浄が可哀想ですよ。」

バタン

勢いよく扉を閉めて部屋を出る。
ホテルを出て歓楽街の中を走って走って走って。
息が切れたところで、しゃがみこんだ。
繁華街の中。人ごみが僕を避けて歩いていく。
今すぐ悟浄に会いたい。声だけでも聞きたい。
でも、足も手も動かなかった。マンションはすぐ近くだし、
携帯をポケットから取り出せば2、3秒で済むのに。
天蓬さんの声が繰り返し頭の中でリピートされる。

いやだ。

だれか。

「なにをしとる」
聞き慣れた声が聞こえた。
すぐ脇の車道に駐車している黒塗りの車の窓が開いて
待覚社長が顔を出した。

数分後。
高級ホテルのバーのカウンターに待覚社長とふたり。
周りを見回すと良い身なりの男女が、高そうな酒を飲んでいる。
待覚社長は、ずっとクツクツと笑い通しだ。
「なにがそんなに可笑しいんです。」
「そうむっとしなさんな。
相変わらず分かりやすい奴じゃと思うてな。」
そう言って、琥珀色の液体をあおる。

「あの・・・」
少し迷って口を開いたところで、止められた。
「いやいや、言わんでいい。
なにがあったかなんぞ興味も無いわい。」
と言ってカカカと笑った。
つられて笑ったつもりだったけど、苦笑いに終わる。

なんとなく聞いてみた。
「・・・待覚社長は、どうして来たんですか。
僕みたいに・・・その・・・どうしようもない時は。」
きっと並大抵の苦労じゃなかっただろう。一流企業の社長なのだから。

「こうして良い酒を飲んで、お前のように美しい男や女を買うくらいさな。」
「それだけ?」
「それだけ。」
手の中にある、ウィスキーのロックをぐっとあおると、一気に酔いがまわって。

「八戒、この世の終わりみたいな顔をしとるがの、
どんな事も、あの世に持っていく思い出のひとつにすぎんぞ。」
そんなささやきが、聞こえたような気がした。

 

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