番外編3

「じゃあこの事、捲簾常務にご報告させて頂きますね。」
満面の笑みでそう言った八戒の一言で、形勢はぐるりと逆転した。
「あれ、キスしないんですか?」
語尾にハートでもつくんじゃないか、というくらい
にこやかに言った八戒に、天蓬は石のように固まって何も言い返せなかった。

金曜日の夜。
八戒の部屋に天蓬が泊まりに来ていた。
今週、天蓬は激務により会社に3連泊している。
4連泊だけは避けようと思っていたのにも関わらず
集中して仕事をしていたら気づけば24時をまわっていた。
社内を見回すと、帰り支度をしている八戒の姿。

天蓬は自分の鞄をひったくると、オフィスを出ようとする
八戒のもとに駆け寄った。
「八戒部長、今日泊めてもらえます?」
「は?」
八戒は怪訝な顔をする。
「終電逃しちゃって。大丈夫。変な事しませんから。」
そんなこんなで、会社のあるオフィス街から歩いても15分足らずという
八戒のマンションに転がり込んだのだった。

天蓬は八戒の部屋に入るなり驚愕して言った。
「なんでこんなに奇麗なんですか!?」
「なんでもなにも・・・普通ですよ。
貴方がずぼらすぎるんですって。」
一方で八戒の機嫌は悪い。
というのも今日、八戒は大口の新規顧客を獲得するための
プレゼンがあったのだが、それに遅刻したのだ。
幸いにして、プレゼン後の感触は良かっただけに余計に悔やまれる。
そしてその原因は、マーケティング部の部長である天蓬の作成する
プレゼン資料が、会社を出る間際にできあがった事にあった。
おかげでプレゼンのリハーサルの時間すらろくに取れなかった。

天蓬は部屋の中を見渡してはのんきに
「へぇ」とか「さすがちゃんと掃除してるんですね」
などと言っているが、八戒の中の、目の前のずぼら人間に対する
苛立ちはMAX状態だ。
プレゼン資料は、本当は前日が提出期限だったのだ。
しかし天蓬は集中力にムラがあり、
集中すれば仕事の質も高ければスピードも速いのに、
気分が乗るまでにかなりの時間を要する。
そしてちょうどマーケティング部の業務が立て込んでいた事もあって
期限を破りに破って資料の完成が遅れたのだった。

「寝る時はソファ使ってくださいね。
あ、その前にシャワー浴びて。もう3日浴びてないんでしょう?」
「そうでした。ね、八戒も一緒に浴びません?」
八戒の苛立ちも、その原因も分かっているのに、
それよりも性欲が勝った天蓬は
八戒の首に手を回して、にっこり笑って言った。
「だめです。貴方とはあの時で終わり。次はありません。」
八戒と天蓬は、去年のクリスマスに一度だけ、セックスしていた。
お互い、悟浄や捲簾という人が居るにも関わらず。
「でも、すごく好かったでしょう?」
目を細めて微笑むその顔は、とても扇情的で。
そして、天蓬の唇が、八戒の唇に触れるその手前で。

八戒は言ったのだった。
「じゃあこの事、捲簾常務にご報告させて頂きますね。」

明らかに、動揺して天蓬が言う。
「どうして、そこで捲簾常務が出てくるんです!?」
「あの後僕、捲簾常務に言われたんです。
天蓬部長に何かされたら報告しろって。
天蓬部長にはペナルティーをくれてやったって言ってましたけど?」
天蓬自身が捲簾の気持ちも考えずにポロリと言ったのか、
あの後捲簾が営業的勘(なんだそれ)で気づいたのか、
2人の浮気は捲簾の知るところとなったのだ。
「・・・一体何されたんですか。そんな顔して。」
『ペナルティー』の言葉を出した瞬間、天蓬の顔が赤く染まる。
天蓬とは親戚同士で長い付き合いだが、八戒はこんなに動揺しているのも、
こんなに赤面しているのも見た事が無かった。

「その、ペナルティーについて彼は何か言ってました!?」
よほどの事をされたのか。
八戒にとって天蓬は、どんな事でも平然とやってのけるような
印象を持っていたが、今はその『ペナルティー』の内容を
八戒に知られていまいかとひたすら心配している。
「そうですねえ・・・。」
「八戒!焦らさないでくださ・・・あっ・・・んっ!」
仕事では見た事もないくらい必死な天蓬を
八戒は突然ソファに押し倒した。
天蓬の唇を塞いで、その間にネクタイを解き、
ワイシャツのボタンを器用に外して行く。

「そこまで僕は聞いてませんけど・・・・
例えば貴方がここにキスマークなんて付けてたら
今度はどんなペナルティーが課せられるんでしょうねえ。」
「・・・っん!」
八戒が天蓬の鎖骨をぺろっと舐めると、天蓬はびくりと体を震わせた。
起き上がろうとする天蓬の両手を押さえつけ、逃げられないようにする。
「ちょ・・・そんな事したら貴方だって何されるか分かりませんよ!
だからやめましょうよ、ね?八戒。」
「僕は『天蓬部長に無理矢理犯されて、強要されました』って
言うので大丈夫です。毎日こつこつまじめーに働いている僕と、
ずぼら人間の貴方の発言、信憑性があるのはどっちでしょうねぇ。」
「う・・・」

「天蓬、僕が今日どんなに貴方に対して怒っているか。
ちゃんと分かってくださいね。」
「八戒!ちょ・・・やめ・・・んっあ・・・う・・・!」
天蓬の抵抗も空しく、八戒は首や胸を、
くちゅ、くちゅ、と音を立ててきつく吸い上げていった。

一通り終わると、わざとらしく自分の唇を舐めてみせ、
「次に捲簾常務に会う時までに、痕が消えているといいですね。
・・・ほら、じゃあさっさとシャワーを浴びちゃってください。
僕、もう眠いんで。」
と言ってにっこり笑った。
天蓬はその笑顔に圧倒されて
「はい・・・」
と一言言うのが精一杯で、おとなしくシャワーを浴びに行った。

しばらくして、シャワーのざあざあという
お湯の流れる音を聞きながら八戒は、
天蓬の動揺ぶりを思い出し、一体どんなペナルティーだったのかと
あれこれ想像してみたのだった。

 

▲ダンス・ダンス・ダンス