第3話(金蝉)
全くついてない。俺は何度目かの舌打ちをした。
月末で忙しい上に伝票の処理もまだ全然終わってないってのに。
今できる仕事といえばたったひとつ。目の前のベットに横たわる男をただ眺めてるだけ。
ちょうど1時間ほど前だったか。天蓬部長が倒れて救急車呼んだわけだが
どういうわけか総務部長から付き添いを命じられ、今に至る。
全く何故俺が付き添わなきゃならん。そもそも倒れるなら月なかに倒れろ。
付き添いということはこいつが目覚めるの待って、検査結果が出るの待って、
こいつを無事に家に帰して、それを俺は会社に戻って報告しなくてはならないわけで。
早く目ぇ覚ましやがれ。と、青白い顔を睨んでいた時、
天蓬部長の目がかすかに開いた。
その大きい瞳はぐるり、と病室の中を眺め、最後に俺を捉える。
嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったその瞬間、
天蓬部長が先に口を開いた。
「金蝉、セックス後の虚脱感ってどう思います?」
「会社でぶっ倒れて病院で寝かされて目ぇ覚ましたと思ったら
開口一番何言ってんだこのバカ。」
頭が痛くなってきた・・・。
本当は一発ぶん殴ってやりたかったが、目を覚ました事に気づいた看護士が
「今先生呼んできますからね。」と声を掛けてきたのでなんとか思いとどまった。
医師との問診も天蓬部長らしくふざけたものだった。
さらに倒れただけあって気分が優れないのか、極めて低いテンションで受け答えしている。
(こいつはたいていテンションが低いが、今はそれに輪をかけて低い)
「ちゃんと睡眠とってます?いつもだいたい何時に寝てますか?」
「だいたい午前5時くらいですかね。」天蓬部長が答える。
「夜勤か何かのお仕事ですか?」
「いえ、毎日24時には帰宅します。」
「寝るまで何してらっしゃるんです・・・?」
「雑誌読んだり・・・文庫本読んだり・・・マーケの本読んだりですかね。」
「・・・・・・。ご飯はちゃんと食べてます?」
「昨日は昼にカップラーメンしか食べてないですねえ。今日はまだ何も。その前は覚えてないです。」
天蓬部長の「覚えてないです。」にかぶせて医師が言った。
「過労でしょう。」
念のためにいくつかの検査も受けたが特に異常はなく、
結局呆れ顔の医師から「十分に睡眠と栄養と取るように。」とだけ言われて
俺たちは病院から解放された。
時刻は18時過ぎ。
「俺は会社に戻るが今日はもう帰れ。明日は来れそうか?」
病院から最寄りの駅に行く途中。返事が無いので天蓬部長の顔をちらっと見てみると
顎に手を当てて考え事をしている。あのなあ・・・!
「天蓬部長!」
「ああ、聞いてますよ。明日は通常通り出社します。
捲簾常務からの資料作成依頼があるんで。」
「こんな事いちいち言いたかねえがな、今日はちゃんと飯食って早く寝ろ!」
「そおですねえ。」
「だいたいそんなに本読んで何がしたいんだよ。」
24時に帰宅してそれから5時間も読書して2時間程度の睡眠なんて俺にはできない。
天蓬部長は相変わらずのテンションで答えた。
「何でしょうねえ。知りたい事はあったんですがそれが見つからないような・・・
それ以前に何を知りたかったのか分からなくなったような・・・・。」
全くもって要領がつかめず俺は大きくため息をついた。
「まあ知りたいことがあるなら本ばっか読んでねえで
知ってそうな奴に聞いた方が早い事もあるんじゃねえか。」
面倒臭くなって適当に答えた。そういや虚脱感がどうの、とか言ってたな。
横を向くと天蓬部長はいなかった。
振り返ると2、3メートル後ろで立ち止まって考え込んでる・・・と思ったら
まるで悟りが開けたかのような晴れやかな顔で言った。
「その通りかもしれませんね。金蝉、あなたってすごい。」
何故だろう。天蓬部長と話をしてるとどっと疲労感が押し寄せる。
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