第2話(八戒)
最近は仕事の物量も多いわトラブル続きだわ・・・
やっぱり疲れてるんでしょうか。
なんであんなにぼうっとしてたんだろう。
捲簾常務に用がある時は、常務室のドアをこんこんとノックして
「八戒です。お時間頂戴しても宜しいでしょうか。」
とかなんとか言って、捲簾常務が中から「入っていいぞー」と言ったら中に入る。
それが決まりというかマナーなのに、その日なぜか
「入っていいぞ」とも何とも言われてないのに常務室に入ってしまって
見てしまった。
捲簾常務と天蓬が抱き合ってキスしてた。
天蓬は捲簾常務の首に腕を回している。
常務の影になっていて表情までは分からない。
一方捲簾常務は片手で天蓬の腰を強く抱きつつ、
もう片方の手は、というと、天蓬のズボンの中で動いて・・・。
「んっ・・・あぁ・・・」
ささやきのような、ため息のような、か細い声が漏れた。
捲簾常務は僕がふいに入ってきたのが分かると
くちゅ、という音とともに天蓬の唇から離れて
平静に「悪い。出直せ。」とだけ言った。
「誰かに話したら殺すから。」とでも言うような鋭い視線で我に返り、
「失礼しました。」だけやっと言えて常務室を後にした。
天蓬とは親戚同士で、僕が高校生の頃、仕事が休みである週末だけ
家庭教師として勉強を見てもらっていた。
天蓬はなんでも知ってて色んな事を教えてくれて。
でも自分に興味の無い事は無知で天然で。
そんな所が大好きだった。
天蓬自身はそれに気づいてか気がつかないでか
僕の気持ちはのらりくらりとかわされ続け、
大学に進学してから会う回数が減ったのもあり
自分の気持ちに見切りをつけて僕の初恋は終わった。
新卒でこの会社に入社した時、偶然にも天蓬が働いていると
知って少し動揺したけど、僕と天蓬は『親戚』または『他部門の人間』
という距離から縮まることもなく現在に至る。
「ん・・・あぁ・・・」
さっきの天蓬の声。なんて甘い声だろう。
天蓬は昔から自分の興味の無い事には関わろうとしない。
僕は天蓬を振り向かせることができなかったけど。
自分の席に戻ると、時刻は23時10分ちょっと過ぎたくらいだった。
えーと、じゃあ捲簾常務へ提出するはずだった始末書はここに置いといて、
こっちの仕事を先に片付けますか。
それにしてもまた常務室行くの気まずいな。よりによって始末書だし。
でも勝手にドア開けた僕も悪いけど
向こうも会社であんなことしてるんだからお互い様だ。
しかし天蓬は常務のどこが良くてあんな・・・
時計を見たら時刻は23時40分になっていた。
戻ってから30分も経ってる?えーと何してたんだっけ。
ああもう、何も手につかない。