第2話(八戒)

捲簾常務が出張に行って2日目。
今日は火曜日。時刻は16時夕暮れ時。

幸い喫煙コーナーは誰もいない。
喫煙コーナーでひとり、休憩するのが何気に好きなんですよね。
(煙草は吸わないけど)
ソファに座ってぼーっとしてたら、天蓬がやってきた。
とっさに常務室の一件が頭に浮かぶ。2人っきりは・・・気まずいかも。

他にも座るスペースがあるのに天蓬はわざわざ僕の隣に座ってきて
どうしたのかと思えば突然、
「八戒。好きですよ。」
そう言って顔を近づけて来た。
「ちょ・・・えーと、天蓬・・・部長。」
手で押しのけて除けようとしたけどあっさりかわされて
ソファに座る僕の上に跨がってくる。
天蓬のひんやりした両手が僕の顔を包む。
澄んだ紫色の瞳が間近に迫る。
まずい。色んな意味で。

「八戒も好きでしょう。僕のこと。」
「好きですけど。いや好きでしたけど。」
「今でも好きなんでしょう。」
「・・・かもしれませんけど!あなたとこういうことは・・・んっ」
突然キスされた。なんて冷たくてやわらかい唇。
昔々、恋い焦がれた人と今、キスしてる。

「大丈夫。今社内バタバタしてるから、当分誰も来ないでしょ。常務も出張だし。」
今度は舌が入ってきて僕の中を掻き乱した。互いの眼鏡がカチカチあたる。
頬をかすめる天蓬の髪の毛がくすぐったい。
「ン・・・じゃなくて。」
昔の気持ちがどっと押し寄せてきだけど
ありったけの理性を総動員して、天蓬の唇から逃れた。
「大丈夫。顔が似てるんだから。体も合うでしょう。」
どういう理屈ですかそれ。今ここでする気ですかこの人。
「明日は雨でしょう」みたいにさらっと言わないでくださいよ。
全くこの超マイペース人間は昔っから大人しそうでいて
実はトラブルメーカーであり親戚内では要注意人物の
レッテル貼られててでもそんな所も昔は好きで好きで。

「天蓬!天蓬は捲簾常務が好きなんでしょ!?」
子供に言い聞かせるように言った。とにかく天蓬を止めなければ。
「好きですよ。」
僕のネクタイを解きながらさらっと答えた。
「じゃあ僕とこういうことしたらまずいでしょう!?」
「なぜです。僕は八戒も好きですよ。」
僕の体を這っていた天蓬の手が下半身にのびてきて焦る。

「えーと!天蓬!うまい棒好きでしょう!?」
「??好きですけど。」
やっと天蓬の手が止まった。ふう。

「多分、うまい棒へ『好き』と、僕への『好き』は同じですよ。
でもね、捲簾常務への『好き』はもっと違うものでしょう。愛情でしょう。」
「あいじょう?そうかなあ。」
初めて知った言葉みたいに、首を傾げながらつぶやいた。
天蓬の注意を反らす事には成功したようだった。
この人は、昔から気になる事があれば他のことなど忘れて考え事にふけるのだ。

「捲簾常務もあなたに愛情を持ってる。
愛し合ってるなら軽々しく他の人と肉体関係を持ってはだめです。」
自分の事をさしおいて何偉そうな事言ってるんでしょう僕は。
「そおかなあ。」
「そして僕も愛してる人がいます。
だからあなたとそういう関係になることはできません。」
また何言ってるんでしょう僕は。
でもこれがトドメになる事を祈りつつ。内心必死だった。

天蓬は頭を掻きながら何度も「愛情・・・愛情ねえ」とつぶやいてから
「分かりました。ちょっと頭を整理して出直します。」
と素直に言って僕の体から離れ、喫煙スペースを後にした。

 

嵐が去ったようだった。
一人喫煙コーナーに取り残された僕は、
「ちょっと惜しかったかも」なんて苦笑いしながら
解かれたネクタイを閉め直す。
昔は天蓬一筋だった。
モノグサで自由で好き勝手行動するくせに
自分の気持ちを一番分かってないからタチが悪くて。
そんな天蓬が好きで。
でも今は違うわけで・・・。

なんて考えてたら
業務フロアの方でドサッという大きな音とともに
「てっ天蓬部長・・・!?」という悲鳴に近い女性の声。

天蓬・・・!今度は一体何を!?
業務フロアの方に急いで行ったら

 

天蓬が倒れてた。

 

1話で火曜日に捲簾が天蓬に電話した後の話。

第3話へ

▲ダンス・ダンス・ダンス