第1話(悟浄)

時刻は18時。一応定時だが帰る奴なんて誰一人としていない。
むしろこの時間から戦いが始まる。
今日が校了日だってのにクライアントから原稿の修正依頼入りやがった。
俺は制作部のシマにダッシュで飛んでく。
「八戒部長!チラシに修正入った。今直せる!?」
「ちゃんと今日が締め切りだって事、念押したんですか?」
八戒がもの凄く嫌そうに眉間にしわを寄せて言った。美人なのにもったいない。
「言った。ちょー言った。」
八戒が何か言いかけるのを無視して、修正内容をざっと伝える。
「分かりました。入校データの発送は最終の集荷で送ります。
19時までに修正しますから20時半までに校了貰ってください。」
「りょーかい。ありがと!
19時から修正確認する時間空けとけってクライアントに連絡入れとくから。」
またダッシュして営業のシマまで戻った。

この会社に入って1ヶ月。もともとデザインの仕事してたってのもあるけど
だいたい仕事の感じは掴んで来た。
同じ営業部の三蔵からクライアント分けてもらって
引き継ぎして挨拶して。
(三蔵は俺が入社した時、アホみたいに沢山のクライアント抱えてた。)
毎月出してる広告(チラシとか雑誌媒体とかホームページとか)の修正を
クライアントから聞き取って、制作部に修正依頼して、
修正があがったらクライアントに見せて校了もらって入校。そんな感じ。
帰るのはいつも23時くらいか。でもまあ苦にはならない。
あちこち行って色んな人間に会うのがおもしろいし
一緒に仕事してる八戒は美人ときた。

18時50分。八戒から修正がメールで送られて来た。
確認して速攻でクライアントにも送って電話。
19時半。思いのほか早く校了。速攻で八戒に連絡。
原稿データをCD-Rに焼いたの見計らって発送処理を手伝う。
ヤマトの集荷ボックスに入れてよし完了。

22時。ひと仕事終えて制作部のシマに行くと
八戒以外の制作部メンバーは帰ってた。
「ほい。さっきは速攻で修正してくれてありがと。」
自販機で買ったコーンポタージュを渡して言った。
「ああ、ありがとうございます。」
八戒が綺麗な目を細めてふっと笑うところが好きだ。

こいつは普段めったに笑わない。
一緒に仕事をしてて色々分かってきたが、
決して無愛想なわけでもないし、人当たりも良い方だ。
ただ俺が入社した少し前に部長に昇進したらしく
こいつの忙しさと言ったら(新人の俺から見ても)社内一ってのもあってか、
仕事に追い詰められてる人間特有の暗さが漂ってる。

前職でも見て来たが、仕事に追い詰められた人間ってのは
最初はカリカリしてたりするもんだけど、
徐々に暗くなって、そのうち表情がなくなって
いつのまにか心身ともに調子崩してフェイドアウト。
なんてことになったりするわけで
あいつもそうなんなきゃいいけど。

根がストイックってのもあんだろうけどなあ。
会議だの書類作成だの、管理職の雑務減らしてもっと
実務に集中できればもっと良い仕事しそうなもんなのに。
そしてもっと笑うだろうに。もったいない。

せめて俺のクライアントの案件では無理はさせたくない。
そんな事考えてた。
(とか言いつつ今日は少し無理させたけど。)

 

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