新しい人生を歩めるように・・・
とは言えど、八戒には生きる気力も実感もさらさらなかった。
死ぬのも怖い。でもこの先、生きていける気もしない。

夕方。八戒は夕食の準備をしていた。
切った野菜を鍋に入れて火が通るまでしばし待つ。
たった今自分が使っていた包丁をじっと見つめてから、
まるで野菜を切るかのように左手の人差し指を軽く切ってみた。
じわじわとした痛みと血が流れ出てくる。

流しの上をぽたぽたと流れる血を見ながら、
ああ生きてるな、と八戒はぼんやりと確認した。
他の指にも似たような傷がある。
こうして自分の指を切って、流れる血を眺める時が
一番落ち着けた。

 

今日は賭博場に行くのはよそう。悟浄は思った。
嵐のせいで外は土砂降り、強風だった。
いつも律儀に悟浄の分の夕食まで作ってくれる八戒に
一言言っておこうと思い、悟浄は台所に向かった。

「八戒、俺今日出かけねえから。夕飯俺の分も頼むわ。」
台所では八戒が流しを見つめていた。
視線の先には血の付いた指。
「包丁で切ったのか?」
「え?ああそうなんです。絆創膏ってどこでしたっけ?」
「あそこの一番上の引き出しん中」
悟浄は”いつもの笑顔”で「やっちゃいました」なんて言いながら
引き出しを物色する八戒を見ていた。

八戒が自分の指を眺めている時の無表情な顔・・・。
朝、同じく何の感情も持ち合わせていないような顔で
ぐるぐる回る洗濯機を眺めている八戒を、悟浄は何度か見かけた。
他人と話す時は決して見せない、素の顔。
まあ名前変えて新しい人生を歩みますっつっても
恋人が死んで大量に人殺してっていう事実が消える訳でもないしな。
そりゃしけたツラにもなるわな。
ぼんやり悟浄は思った。

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