「お前はあんだけ厳しくされてよく腐らねえな」
いつものように捲簾からの命で悟浄を呼びに来た八戒の
腫れた左頬を目ざとく見つけた悟浄は、そう言った。
悟浄がそっと触れると、そこはうっすらと赤くなり熱をもっている。
「僕がいけないんです。組の事に口を出してしまって。」
そう言って八戒は苦笑いした。

捲簾は相変わらず何を考えているのか分からないが、
八戒はこの6年毎日手伝いをしてきて、天蓬のことはだいたい分かってきた。
天蓬は誰よりも組の事を考えて、捲簾の行動を読んで
どんな汚れ仕事もどんな大変な仕事でも手際良くこなす。
この組織は、天蓬なしではやっていけないだろう。
組の者も皆それを良く分かっており、
そんな天蓬を「天蓬さん天蓬さん」と呼んで一目置いている。
そしてまた八戒もそんな天蓬を内心で慕っていた。

以前、天蓬が昔は高級男娼であった事を悟浄から聞いた時も
さして動揺しなかった。
むしろあの美しさを考えれば合点がいくと思ったくらいだ。
そんなことを悟浄に話すと
「しっかしあんな美人を身請けしといて
放っておくとは組長の気が知れねえな。
俺もこんなんじゃなけりゃあ、とっくに口説いてるわ。」
と笑った。
悟浄が来てからは、捲簾の寝屋に呼ばれるのは常に悟浄だ。
その前は毎日何人かの妾を代わる代わる呼んでいた。
八戒が養子になった頃は、妾を呼ぶのは週に1、2回であったから、
その頃はまだ天蓬は捲簾の寝屋に呼ばれていたのかもしれない。

普段組の中では仲が悪そうにも見えないし
二人の息はぴったりと合っている。
しかし身請けする程に惚れ込んだ相手を
何年も寝屋に呼ばないというギャップから、
逆に修復が困難な程に関係が壊れているのではないか
と八戒は考えている。

天蓬が呼ばれなくなったのは、何年も前。その時に、何かが。
「なんかあったのかもな。あの二人。」
悟浄も八戒と同じ事を考えていたようだ。

 

夜。悟浄がいつものように母屋に行くと、
いつも自室で酒を煽っているはずの天蓬がいない。

「こうしてあなたの髪を撫でるのも、何年振りでしょうか。」

耳を澄ますと天蓬の部屋の、奥の部屋から何やら話し声がしたので
そっと部屋の中に入って、奥の部屋に続く襖をほんの少し開けてみた。
するとそこには
肘をついて寝転がっている捲簾と、その髪をなでる天蓬。
天蓬は体をさらに曲げて、捲簾の耳に顔を寄せ呟く。
「案外貴方は潔癖性なのですね。」
「・・・」
「だから抱かないのでしょう。僕を。」
「・・・」
天蓬は捲簾の耳に口づけするように
唇を寄せて、ささやく。
「まだお怒りなのですか。あのことを。」
「黙れ」
捲簾が天蓬の言葉に被せて言った。
重く、迫力のある声。
組の誰もが萎縮するこの声。
食い下がるとこなど一切認めない。
天蓬は言われた通り律儀に黙ってみせたが
そのかわり、といわんばかりに捲簾の体に手を這わせた。

横になった捲簾の体の形を確かめるように、
そして体を手で味わうように
脇腹から腰、太ももへと白い手が移動する。
手を這わせているだけなのに、なんとも艶かしい。
「ここ、こうされるの、すきでしょう。貴方。」
「やめろ」
捲簾が低い声で制止しても止めない。
「やめろ」

「やめねえか!」
次の瞬間、捲簾が獣のような勢いでがばりと起き上がったと思ったら
天蓬の髪を掴んで揺さぶった。
「っ・・・!」
仰け反り喉を晒した天蓬。
烈火のごとく怒りの表情をした捲簾。
そして視線を逸らさず一歩も引かない天蓬。強い瞳で捲簾を見つめる。

何も言わず睨み合ったまま
どのくらいそうしていただろうか。
捲簾は舌打ちして
投げ捨てるように急に天蓬を解放すると
悟浄が覗いている襖とは逆の襖をバン!と勢い良く開け放ち
どかどかとその場を立ち去った。

天蓬はその場の余韻を味わうように、
しばらくぼうっとその場に立ち尽くしていたが
ひとつため息をつくと
踵を返して自室への襖を開けた。

捲簾とのことで全く気づかなかったのだろう。
襖を開けてはじめて目の前に悟浄が立っているのに気づいた。
自分より僅かに背の高い悟浄を見上げて
大きな目を見開いて言葉を失っている。
「けんれんなら、寝屋に・・・。」
絞り出すようにやっと出た一声。

「あんたさ、なんであの人の側にいんの?
身請けしてくれた恩があんのかもしれねえけどさ。
あんな扱いされて義理立てする必要あんの?」
「あなたには関係ありません。どいてください。」
真っ青な顔をして悟浄を睨む。
悟浄はそんな天蓬の手を強引に引いて
両手首を壁に縛り付けると
天蓬の顔を覗き込むようにして言ってみた。

「こう見えて俺、あんたの事心配してんだけど。」
「頼んでません。そもそもなんであなたが僕の心配するんです。」
悟浄に対する天蓬の態度は冷たい。そんな事は百も承知で悟浄は続けた。
「あんたの事が好きだから。
ねえ、俺とやらない?」
天蓬は眉間の皺を深く深くして悟浄を睨みつける。
怒りからか、肩が僅かに揺れている。

「どきなさい。」
「ねえ何年もやってないんでしょ。」
体売って毎日やってたのにさ。よく我慢できるよねえ。」
先ほど天蓬が捲簾にそうしたように、
悟浄は天蓬の耳に唇を寄せてささやく。

「そんなことしたら、殺されますよ。捲簾に。」
絶え絶えに、天蓬が言う。
「あの人は、自分のものが、他に取られるのが、心底嫌な、人なんです・・・」
真っ青な顔。荒い吐息。苦しげな表情。
「はあ?自分のものって、一体だれのことよ。」
と言いかけたその瞬間、天蓬がぐらりと悟浄の胸の中に倒れ込んだ。

 

▲任侠沙汰