天蓬が倒れた翌日。屋敷に呼んだ医師から病名を聞いて
八戒は絶句した。
「腸チフスだな。あそこまで進行したらもう助からない。」

天蓬が死ぬ・・・?

「本来なら隔離病棟に即入院だが・・・
外に出す事はできんと親分さんが言い張ってな。
入院したとて助かる見込みもないんだが。
だから他の者に移らないように気をつけて。
患者の部屋には近づかないように。」
「はい。ありがとうございました・・・」
八戒この家にくるずっと前から、文句も言わずにずっと組を支えて来た天蓬。
美しい天蓬。それが、死んでしまう?

「八戒。お前大丈夫かよ。
チフスって言やあ、移り病だろ?」
「僕なら大丈夫ですよ。捲簾の許可もおりてますし。」
そう言って、八戒は笑ってみせたつもりだろうが、その顔から悲壮感が漂っている。
きっと天蓬は長くない。そう悟浄は悟った。

医者が腸チフスと診断したその日、
天蓬は母屋から離れの隅の部屋へと移された。
腸チフスという病名は、組にも瞬く間に広まり
あれだけ慕っていた組員たちですら、天蓬に近づこうとしなくなった。
そんな中、八戒だけは学校を休み
組の仕事も他の者にまかせて付きっきりで献身的に看病している。
「何かあったら言えよ。八戒。」
心配でたまらない悟浄は、自分が代わりに看病したいくらいだが
天蓬がそれを望まないことは自覚してるから、
こうして心配することしかできない。
「じゃあ、ひとつ、お願いがあります。」
「おう、何でも言えよ。」

「天蓬、具合はいかがですか?」
そう言って八戒が襖を開けると、
天蓬は何も言わず八戒の方をチラリとだけ見た。
天蓬が倒れてから1週間後。
高熱は下がることもなく日に日に衰弱していった。
白い肌はますます青白くなり、
頬も目に見える程肉が落ちた。
それでもはあ、はあ、と苦しげに横たわる様は
元気な頃よりもより一層美しく感じられるから不思議だ。
そしてその儚さを伴う美しさは、いつも八戒の胸を締め付ける。
“近いうちにその日はくる”と、嫌でも感じさせる。

食事をとらなくなって何日かした頃。
天蓬は、八戒に「体、拭いてもらえますか。」と呟いた。
すでに言葉を発する事も、まして上体を起こす体力などほとんどないというのに。
きっと、自らにその時が迫っている事を自覚し
せめてきれいな体で最期を迎えたいと考えているのだと、八戒は思った。

天蓬の体を起こし、上体を手ぬぐいで拭いてやる。
寝間着を脱いだ天蓬の背中一面には、捲簾と同じ龍が隆々と描かれている。
身請けされた時に入れたものだろうか。
苦しみ死ぬ一歩手前の天蓬の背中では、龍が生き生きと踊っていた。
天蓬がはあ、はあ、と苦しげに息をするたびに
それとは逆に龍が、生きているように上下に動いて、
今にも背中から飛び出してきそうだった。

八戒は、悟浄から貰ったハイライトに火をつけ、
大きく吸い込む。
むせながらも我慢して1本吸い、
近くにあった器で適当にタバコをもみ消すと
天蓬にキスした。
舌で天蓬の冷たい唇を押し開け
天蓬の舌を絡めとる。労るようにそっとやさしく。
小さな小さな水音。
最後に唇を優しく吸うと
天蓬が僅かに、離れようとする八戒の唇を名残惜しむように舐めた。

「ああ、八戒。貴方は優しい子ですね。」
優しく微笑んで天蓬が言う。
天蓬が八戒に微笑むなど、これが初めてのことだ。
八戒は胸が締め付けられる。今微笑むなんてやめてほしい。
いつも通りでいてほしい。叩いてくれてもかまわないのに、とさえ思う。
「八戒。僕は 今まで貴方に つらくあたってきたけれど・・・」
八戒に向かって力なく延ばされた天蓬の手を、八戒は優しく握った。
「はい。天蓬。」
「僕と 同じ道を 歩ませたく なかったんですよ」
かすれた声を出すのがやっとだ。
「はい。」
「でも、僕は後悔してませんよ。」
「はい。」
「・・・・」
「天蓬?死んではだめです・・・。天蓬・・・。」
天蓬の耳元で悲鳴まじりに天蓬、天蓬、と呼び続ける八戒の声が、
天蓬が横たわる、この小さな部屋に響いた。

悟浄はいつも通り捲簾の寝屋に呼ばれたものの、
事の最中で捲簾が突然「便所」と言ってフラリと出て行ったきり
中々戻らず、布団の中で八戒と天蓬の事を思っていた。
そこに突然ガラリと乱暴に襖を開けて捲簾が
戻って来て、悟浄の髪を掴んでこれまた乱暴にキスする。
唇の端が切れるくらいの激しいキスで、悟浄は何もかも悟った。
捲簾はそっと離れに様子を見に行ったのだろう。
そして天蓬は。

悟浄の右手を痛いくらいにぎゅっと押さえつけた
捲簾の手が震えてる事に気づいた。
「震えてんの?」
「・・・。」
「悲しいなら、泣けば。」
「るせえ。」
「行ったんだろ。離れ。」
「るせえ!」
突然もの凄い力で殴られ、こらえきれずどさりと倒れる。
見上げると捲簾が手当たり次第にものを破壊しだした。
床の間に飾られた掛け軸、置物、灰皿、襖。
みんな投げられ、叩き付けられ、粉々になるまで。何度も何度も。

ガシャンガチャンと破壊される部屋と狂乱する捲簾を
他人事のように眺めながら、悟浄は天蓬が倒れた日の事を思い出した。

あの日。
悟浄の腕のなかに倒れ込んだ天蓬がうわ言のように
呟いた一言を、悟浄は聞き逃さなかった。

「捲簾。ごめんなさい。」

 

言い訳という名の解説
これから4人がどんな風に絡んでいくか期待していた方(が、もしいらっしゃったら)
すみません。「死にネタ注意!」も書いてなかったですし。
ただ、元ネタの映画も、妻が腸チフスで死んでしまうので、この話もそのようにしました。
あと、いかんせん、表現不足故に天蓬のことを「美しい」「美しい」と連呼しておりますが
元ネタの岩下志麻も、倒れる前も後も美しすぎるし、天蓬は倒れなくても何してても
美しいので、これは間違ってない!と言い張ってみるです。
天蓬と捲簾に昔何があったかは、後ほどちゃんと書きますです。

▲任侠沙汰