天蓬の葬儀は慌ただしく終わり、
八戒はその対応や今まで天蓬が行っていた
組の仕事におわれ、学校を長期にわたって休んでいた。

「大丈夫なのかよ。大学、行きてぇんじゃねえの?」
そんな八戒の状況を察して、悟浄は心配する。
「そうだったんですけど。今はそれどころじゃなくって。
でも、忙しい方が気が紛れます。」
そう言って無理矢理微笑む。その表情がなんとも痛々しい。

今は天蓬を失った悲しみがこの家全体を包んでいて、
特に天蓬を慕って最期まで看病して看取った八戒は、
気丈に振る舞っているようでいて表情には陰りが見られる。
悟浄はそんな八戒の髪の毛をさらさらと撫でた。
「悟浄・・・?」
そして体を自分に引き寄せ、抱きしめると
胸の中で八戒のかすれた声がした。
八戒は悟浄の胸に顔を押しつけ、小さく泣いている。
「僕はあんなに若くして死んだ天蓬が気の毒で。
もっと何かできたんじゃないかと・・・。」
悟浄はそんな八戒を、強く強くぎゅっと抱きしめた。

丁度その頃、家の中は常にピリピリと緊張した空気が張りつめていた。
東京の組の力添えを得た新興の任侠団体が縄張りを拡大しており
捲簾の組とは縄張り争いの真っ最中。
小競り合いやいがみ合いが絶えず起きており、
いつ抗争が勃発するかも分からないというこの時に
天蓬を失ったのは大きな痛手。
捲簾はじめ、組の幹部達は毎日集っては何やら話し合いをしている。
そんな不穏な空気が流れる中、とてつもなく機嫌の悪い捲簾の
怒りの矛先は、八戒や悟浄へと向けられることになる。

夜。捲簾からやっと解放された悟浄は、
布団の上にぐったりと倒れ込んだ。
はだけた寝間着からは紅い跡が点々とついていて、
腰から下はだるくて動かない。
ここ最近は捲簾の機嫌が悪いため、以前に輪をかけて扱いが酷い。
それが毎日続くのであるから、この先一体いつまで体がもつのか自分でも分からない。
そんな悟浄に、いかにも機嫌が悪そうな捲簾が吐き捨てるように言った。
「俺の目の届かないところで、お前らいつからそんな仲になった。」
「え・・・?何の事。」
とっさに、昼間八戒を抱きしめた事が誰かに見られ、
それを捲簾に報告されたのだと察しがついたが、あっさり認める事が出来ない程
見た目に捲簾の機嫌は最悪であったので、しらばっくれた。
その次の瞬間。
「ごっほ!!」
寝そべってた所にいきなり腹を蹴り上げられ、一瞬息が止まる。

やっと息が整ったと思ったら、後ろ髪をぐっと後ろに引っ張られた。
真近くに捲簾の顔。
「聞いたぞ。離れで親しげに抱き合ってたそうじゃねえか。
どのツラ下げて人のもんに手ぇ出してんだよ。」
「っ・・・!!」
さっきまでの荒いセックスと今の蹴りで、振り払おうにも力が入らない。
「お前がここの人間じゃなければ、その両腕、とっくにぶった切ってるぞ。
親切な俺に感謝しな。」
耳元で、これ以上ないくらい冷徹な声でささやかれた。

捲簾には天蓬や八戒の扱いといい文句をつけたい事が
山ほどあるわけだが、八戒に火の粉が飛ぶことだけは
絶対に避けたかった悟浄は、湧いた感情をぐっと抑えて、詫びた。
「分かった。俺が悪かった・・・。俺が勝手にやった事だ。あいつは悪かない。
俺はこの事で何されても構わねえが、八戒は自由にさせてやってくれ。
あいつはな、先生になりてぇって今まで必死に勉強してきたんだ。
大学に行かせてやってくれ。」
例え濡れ衣であっても誰かの為に泥を被ったことなど初めてだ。
だがいつもいじらしい八戒を見てきて、なんとかしてやりたい一心で
ガラにも無く頼み込んだ。

しかし頼みも空しく捲簾は冷徹なまま言い放つ。
「妾風情が俺にそんな進言する程、いつからそんなに偉くなった。
お前もあいつもみんな俺のもんなんだよ。
煮ようが焼こうが何しようが俺の勝手だ。
八戒は一生ここから出さねえ。ずっとここで働いてもらう。」
悟浄の中で何かが切れる。
「お前な・・・」
「あ?」
渾身の力を込めて手を振り払うと捲簾に掴み掛かった。
「お前一体何様だよ!・・・こんなんじゃあ天蓬も死んで正解だぜ!」
「あ?もっぺん言ってみろ!」
捲簾の顔色が変わる。殴りかかって来た悟浄をかわして、
悟浄の腕を後ろ手に縛り上げた。
「っ・・・!あの人は、死んで!
ここから解放されて!清々してるだろうよ!っつってんだよ!」
次の瞬間、捲簾は悟浄の髪を掴んだまま、勢い良く悟浄の頭を壁に打ち付けた。
衝撃と痛みで朦朧としているところをもう一度。さらにもう一度。
頭のどこかが切れたらしい。
流れ出た血が目に入って悟浄の視界を赤く染めた。

その日、八戒が自室で寝ていると、
組の幹部である金蝉が血相を変えて飛び込んで来た。
「・・・どうしました?金蝉。」
起き上がって明かりの下で金蝉の顔を覗き込むと、
普段表情をあまり変えないこの男にしては
珍しく切迫した表情で、早口で言った。
「捲簾が暴れて手を付けられん。お前手伝え。」
「は・・・はい。でも僕が行っても・・・」
「お前じゃなきゃ駄目なんだよ・・・!いいから来い!」
事の次第を飲み込めないまま、八戒は寝間着のまま
金蝉に手首を掴まれ、捲簾の寝間に向かった。

母屋の捲簾の寝間につくと、捲簾の部屋の前には
心配した表情の使用人がなす術も無く立っている。
きっとこの男が騒ぎを察し、金蝉に知らせたのだろう。
部屋からは、怒号。そして言い争う声が聞こえる。
部屋を覗き込むと、ごん!と大きな音がして
悟浄がどさりと崩れ落ちた。
「悟浄・・・!」

その赤い髪を掴んだまま、捲簾は言った。
「お前ら俺の目の届かねえ所で
仲良くやってるようじゃねえか。
良い度胸だ。どっちが唆したんだ?」
そして悟浄の髪を握る手に力を込める。
「ううっ・・・」
そうすると大量の血に染まった悟浄の頭が
わずかに持ち上げられ、低くうめき声を上げた。

「どっちが唆した?仕置きを受けるのはどっちだ?」
捲簾の目がじっと八戒を見据える。
このままでは悟浄が死んでしまうと判断した八戒は
弁明よりも場の収束を選んで言った。
「僕・・・です。だから悟浄を離してあげてください。
そのままでは死んでしまいます。」
「分かった。八戒。明日俺の部屋に来い。」
そう言い放って捲簾はぱっと悟浄を解放すると、
襖を乱暴に開け放って立ち去った。

八戒はすぐに悟浄に駆け寄り抱き起こすと
大量の血を流した悟浄はうわごとのように
「くそったれ・・・。」
とひとこと言って、意識を失った。

 

▲任侠沙汰