あれから数日たったが八戒は捲簾とは顔を合わせていない。
捲簾はあの日以来、朝から晩まで組の方に出ずっぱりだ。
しかしいつまた、あのように襲われるかと思うと気が気ではない。
悟浄とのことなど、こじつけだ。
養子にした時から、いつか手込めにしようと思っていたのだ
と八戒は確信する。
家を出て行こうと思ったが、出て行ったとてどこにも行くところも無い。
そしてどこに行ったとしても、組の者が八戒を連れ戻しにくるだろう。
所詮やくざ者の養子になった時から、このようになる運命だったのか
と思うと、いてもたってもいられないくらい、八戒は悲しい気持ちになった。
数日後、事務所で組の仕事をしていた八戒は、久々に捲簾を見た。
がらがらと事務所の入口が開く音がして、捲簾と金蝉が、なにやら話を
しながら出先から戻って来たのだ。
「敖潤め。あいつが死んだとたんに手のひら返すように裏切りやがった。」
「まあまあそれは想定済みだ。」
久々に捲簾と対面して身を固くしている八戒に
金蝉が近づいて来て、ひそひそと話しかけた。
捲簾は捲簾で、事務所の奥にある組長専用の立派なイスに、どっかりと腰掛ける。
「お前あの日、捲簾に何かしたか?」
あの日というのは、八戒が捲簾の部屋に呼ばれた日の事。
「いえ・・・」
出来る事なら忘れたいくらいのあの日の出来事をまた思い出して、
八戒は俯いた。
「いや、天蓬が死んでから、捲簾の奴ずっと変だっただろ。
それがあの日を境に前の捲簾に戻りやがった。
お前が何か言ったのかと思って。」
そんな事は何も無かったし、そもそも捲簾の変化など八戒は気づかなかった。
いつも通り。粗野で野蛮。
「まあいい。本題だが・・・
お前にこの家を出てもらう。」
「え・・・?」
思いもしなかった話に、俯いていた顔を上げた。
「近いうちに抗争が始まる。
捲簾とも話をしたんだが・・・
落ち着くまで別の土地で暮らした方が安全だ。悟浄も一緒でいい。」
悟浄は入院していて、あの日以来会っていない。
「それは・・・」
あまりの急な話に、八戒は言葉に詰まった。
八戒が二の句を継ごうと口を開いたその時だった。
突然の怒号と悲鳴。
玄関付近に居た舎弟が血吹雪を上げて倒れたかと思うと
10名程の刀を持った男達が踏み込んで来た。
その時事務所には十数名の組員がいたが、丸腰の彼らは
次から次へと刺客達に切り倒される。
金蝉は八戒を庇うように立ちはだかっており
八戒はその脇から襲撃の全てを見ていた。
捲簾は刀を取って、自ら刺客達の中に飛び込むと
刀を向けられようがすぐ目の前に刀を振り落とされようが
突き進み無駄のない動きで切り捨てていく。
前の敵も、後ろから襲って来る敵も同様。
まるで後ろにも目があるかのように。
闘い慣れているのだろう。刺客をひとり、またひとりとなぎ倒す。
黒の着流しが、返り血を吸って光っている。
そして奥から刀を持った組員も加勢に入り、
刺客はとうとう一人までになった。
「さあ、覚悟は出来てるか。」
「落とし前つけてもらおうじゃねえか。」
一人になった刺客に、組員達がにじり寄る。
「待て。」
捲簾の声が場に響いた。
「お前は、生かして返す。」
組員がどよめく。
「そん代わり、お前ん所の大将に伝えてくれや。
じき落とし前つけに行ってやるから首洗って待ってろ、ってな。」
刺客の胸ぐらを掴んで耳元で怒鳴る捲簾は
今すぐにでも殺さんばかりの気迫だ。
刺客は捲簾の迫力に気圧されして何も言えない。
「ほうら、行け。」
そう言って捲簾が尻を蹴り上げると、刺客は一目散に逃げ帰った。
「良いんですか組長!」
「いいさ。どのみちあいつは死ぬ。」
「え・・・」
組員達は怪訝な顔として捲簾を見る。
「仲間皆失って一人のこのこ帰ってくるような奴は
組に帰ったところで、ぶった切られるのがオチだ。
・・・俺ならそうするね。」
そう言った捲簾は、刺客が逃げた方角を
怒りの形相で睨みつけた。