その数日後。襲撃で死んだ組員の弔いが終わった頃。
八戒は捲簾の部屋に呼ばれ母屋へと向かった。
襖を開けると、捲簾は先代から受け継いだという
般若の描かれた着流しを羽織って、
これもまた先代から受け継いだ上等な刀を
真剣な面持ちで手入れしている。

八戒は捲簾を黙って見つめる。
何年もやくざ者達と暮らし、組の仕事を手伝っているにも関わらず、
今まで血なまぐさい任侠沙汰を目の当たりにしたことがないというのは、
捲簾が中心になってこの組を統率し、
他の組織を圧して来たおかげだからだと、今更ながら八戒は思った。

「八戒。」
視線は刀から外さずに、捲簾が話しかける。
「家を出る準備は出来てるか?」
「はい・・・。」
「じゃあ明日発て。手配する。
むこうの組の奴らも大量に武器を仕入れて人もかき集めてやがる。
いつ抗争が起こっても不思議じゃねえ。」
そう言うと八戒の方を見た。
その目が、いつもの鋭い目ともまた違って
覚悟を決めたような強い目をしていたので、八戒は動揺した。

「抗争は回避できないのですか?話し合いは?警察にかけ合うとか。」
「それじゃあ仁義通らねえんだわ。
死んだ奴らの敵とってやらねえと。」
組員達が噂していたが、抗争を仕掛けて来た組は
東京の組からの援助のもと、100人とも200人ともいわれる
助っ人を待機させているとか。
勝ち目など、あるのか。
この男のことだから、どんな状況でも先陣切って突っ込んでいくのだろう。
そもそも生きて帰る気はあるのか。
八戒は養子に来てから今までさんざん疎ましいと思っていた捲簾の事が、
とてつもなく心配になって、尋ねた。
「勝算は?まさか死ぬ気じゃないですよね。」

すると捲簾は今まで手入れしていた刀を、かたりと傍らに置くと
真剣な面持ちを崩してまるで堅気の、
同じ年頃の普通の青年がそうするように、笑った。
「そういう言い方、天蓬によく似てる。
毎日毎日天蓬と組の仕事してたからな。そりゃあ似てもくるか。」
そう言うと、まるで小さな子供にするように、
八戒の髪をくしゃくしゃとなでた。

「そこの床の間に小さな箱があるだろ。取ってくれねえか。」
突然そう言うので、八戒は床の間に手を伸ばしてその箱を手に取ってみる。
箱は軽く、カラカラと音がした。
「蓋開けてみな。」
開けると、とても真っ白で、きれいな、骨。
「これ・・・」
「あいつも一緒に連れてってくれ。その方があいつも喜ぶ。」

天蓬の遺骨はとっくに納骨している。
荼毘に付してから、いつの間に取り出したのか。
天蓬の骨をそっと取り出す捲簾。八戒はその光景を想像する。
きっと二人の間には、仲が悪いとか良いとか言葉で括るのできない、
大きな何かがあるのだと、八戒は感じた。

「いえ、これは、あなたが。」
八戒はそう言って捲簾の右手を取ると、
箱を乗せて上からぎゅっと手を握った。
「天蓬は最期の最後まで、あなたの事ばかり・・・。
天蓬は、あなたと一緒にいるのが一番です。」
捲簾は、手の中の箱を見つめたまま、今だ穏やかに笑いながら言った。
「明日生きるか死ぬかも分からねえ家業だ。
俺がいつ死んでも良いように
あいつに家族を残してやりてえと思ったが・・・
あいつが先に逝っちまった。
それでもお前らは親子だったのかもしれねえな。
俺はお前の親にはなれなかったが。」

捲簾とこんな会話をする日が来るとは思わなかった。
八戒は複雑な気持ちを抱えながら、言う。
「僕は・・・
僕はあなたの事を父親だと思った事は無かったですけど・・・。
でも、それでも僕たちは家族です。
どんな事があっても生きてください。
ずっと待ってます。そしてまたどこかで、会いましょう。」
言い終わるか終わらないかのところで、捲簾が八戒の事をぎゅっと抱きしめた。
これ以上ないくらい、優しく。

それから数ヶ月後。
八戒は東京で部屋を借りて悟浄と共に生活していた。
今は二人とも働いているが、
八戒は貯金が貯まれば大学に進みたいと考えている。

あれから八戒は毎日新聞を隅々まで見ては
やくざ抗争の記事や捲簾の事が載っていないかと探しているが
一度だけ、抗争が始まったとだけ、小さく記事が載っていただけだ。
詳しい事は何ひとつ分からない。
ただ生きていれば、いつの日か会える。
それだけ信じて八戒は日々を過ごすだけだ。

「ほら、行くぞ。」
晴れた休みの日。明るい日の下で悟浄が手を差し伸べる。
「はい。」
その手を握って八戒は悟浄の隣を歩き出した。

 

▲任侠沙汰