夜。いつにも増して孤児院の中はざわついていた。
明日、やくざの組長がこの孤児院を訪れ、
養子にする子供を選びにくるという。
これが堅気の、ごく普通の夫婦が選びに来るというのなら
私が僕がと浮ついた空気が流れるのが常だが、
明日来るのはやくざ者。
皆一様に不安な表情をして、「選ばれませんように」
と手を合わせて祈りだす者までいた。

この孤児院の子供を養子に迎えたいというやくざ者は
名を捲簾といい、地方都市ではあるものの、この地域一帯を取り仕切る
任侠団体の組長であり、孤児でも知らない者はいない程の
有名人だった。
短気な性格で、意見した手下の腕を折ったとか
敵対するやくざを含めて人を何人も殺しているとか
地元警察を抱え込んでやりたい放題、お咎めなしだとか
とにかく恐ろしい噂しか聞かない。

「そのやくざが、どうして孤児を養子にするのでしょうか。」
八戒は疑問を年上のルームメイトに聞いてみた。
「さあな。跡継ぎにする男が欲しいのか・・・
それとも女をもらって女中にでもするのか・・・
いずれにしろ本の虫のお前は眼中にねえだろうさ。」
そう言ってルームメイトは笑った。
「だと良いんですけど。」
粗野で乱暴なやくざの養子になるなど想像もしたくない程嫌だ。
ただ静かに本を読めればそれでいい。誰の養子にもならなくていい。
八戒はそう思っている。

しかし翌日。ルームメイトの予想に反して、
捲簾は八戒を養子に選んだ。

「これが例のガキどもか。」
そう大声で言いながら孤児院にやってきた捲簾は
ひとつの部屋に集められた子供達をぐるっと見回した。
そして八戒と目が合った瞬間、大股で近づいたと思ったら
顎をぐっと掴んで鼻と鼻がつくのではないか
という距離でまじまじと八戒の顔を覗き込む。
獲物を狩る獣のような、ぎらぎらした目。
「お前だ。」
「・・・っ!」
恐ろしくなって捲簾から逃れようと必死に顔を背けるが、
顎を掴んだ指にいっそう力が入り逃れられない。
そんな八戒を見て捲簾はにやりと笑って言った。
「気に入った。おい、この子供を貰ってくぞ!」
「あっ!」
捲簾がそう言った瞬間、取り巻きのいかつい男が
八戒の体をひょい、と担ぎ上げた。
そのまま乗った事も無い車に押し込められ、
荷造りも挨拶もできないまま、
まるで攫われるようにして八戒は孤児院を出る事になったのだった。

屋敷に着いたら着いたで
座敷に通された八戒は、強面の男達に囲まれながら
正座した自分のひざの上に、ぎゅっと握った拳をおく。
するとバン!という音とともに襖が開き、
捲簾と長髪の美しい男が座敷に入ってきた。

捲簾は漆黒の着流しに深紅の帯。
勢いよく襖を開けるのも
男達の中心にどっかりあぐらを組むのも
ひとつひとつの素振りがいちいち乱暴で、
八戒はますます身を固くした。
方や一緒に入ってきた長髪の男は、
ワイシャツにネクタイという洋装で
やくざ者とは思えない美しい顔立ちをしていて、
捲簾の隣に静かに座った。

「みんな、こいつが今日から俺の養子になる、八戒だ。
よろしく頼む。」
捲簾がそう言うと、その場にいた男達がそれぞれ低い声で
相づちを打った。
「さて、八戒。」
名前を呼ばれて八戒の緊張は高まった。
捲簾の圧倒的な威圧感が、自分に注がれる強面の男達の視線が、怖い。

「こいつは「天蓬」だ。」
一緒に座敷に入ってきた男を指して捲簾は言った。
「いいか。これから俺たちの事は「捲簾」「天蓬」と呼べ。
お前の仕事は天蓬の手伝いだ。天蓬について組の仕事を手伝ってもらう。
組のもんの名前とか仕事の事なんかは、全部天蓬に聞け。いいか。」
八戒はひざの上で握った拳をじっと見つめて聞いていた。
「八戒。顔あげて。」
初めて聞く天蓬の声はこれ以上ないくらい冷たい。
「昼間は今まで通り学校に通っていいぞ。できるか?」
「・・・」
「八戒、返事は。顔も上げなさい。」
緊張と恐怖でどうしても顔を上げて2人の顔を見る事ができない八戒は
絞り出すように、やっとのことで返事した。
「・・・はい・・・」

バチン!
八戒が返事したその直後。
天蓬が思い切り八戒を平手でぶった。
座敷中に大きな音が響き、同時に八戒が畳の上に倒れる。
「話を聞く時は顔を上げて。返事は大きな声でしなさい。」
八戒が反射的に天蓬の顔を見上げると、
無表情で八戒を見下ろしていた。「返事は。」
「はい・・・!」

そして静かに捲簾の隣に座り直した天蓬が
胸ポケットからタバコを出すと
組員のひとりが絶妙のタイミングでマッチの火を差し出した。
火の方に顔を傾け、目を伏せてタバコを見つめる天蓬は
たった今八戒を平手打ちしたのが嘘みたいに妖艶なほど美しい。

恐ろしい捲簾と冷たくて美しい天蓬。
そして強面の男達に囲まれて
八戒の新しい生活が始まった。

 

▲任侠沙汰