八戒は18歳になり、この家に来てから6年がたっていた。
出会った時の印象のまま、捲簾は恐ろしいし天蓬は冷たい。
そして学校に行きながら組の仕事を手伝う毎日。
養子と言えど扱いは使用人とそう違わなかった。

捲簾の屋敷は、決して広くない敷地に母屋と離れがあり、
母屋は組の人間が出入りし、捲簾と天蓬の住む部屋がある。
離れは女中や使用人、捲簾の妾らが寝起きしており、
八戒も離れの一室を与えられている。

ある日八戒が離れの廊下を歩いていると
妾の一人、花喃が荷物をまとめているのが見えたので声をかけた。
「ああ、八戒。私、暇を貰ったから。今日でさよならよ。」
花喃は荷物をまとめながら、八戒を見ずに言う。
「ちょっと待って花喃・・・!」
「大丈夫。親分さんには言ってあるから。」
「そうじゃなくて・・・!」
八戒が顔を覗き込むと、花喃は悔しさを滲ませ唇を噛んでいる。
「だって。私もう全然出番ないじゃない?
あの赤い髪の男が来てから。もうここにいても仕方ないわよ。」

赤い髪の男というのは悟浄のことだ。
1ヶ月ほど前に妾になった男で、それからというもの
捲簾の寝屋に呼ばれるのは、いつもこの男だった。
今日はこの妾、と捲簾から指定を受けて
妾を呼びに行くのは八戒の仕事だが、
八戒が覚えている限り、ここ一ヶ月は悟浄以外の妾が
捲簾の寝屋に呼ばれた事は無い。
「親分さんも何が良くてあんなチンピラを妾にしたのか分からないけど。」
花喃がため息まじりに言った。

悟浄は元々舎弟の子分の子分、組の中では下位に位置する人間だった。
あの日。何かの用事でたまたま母屋の事務所に来ていた悟浄を
見つけるなり捲簾は「お前良い顔してるな。」と言って
胸ぐらをつかんでそのまま寝屋に連れ込んだ。
捲簾は今まで女中や使用人に手を出す事はあっても、
組の者に手を出す事は一度も無かったのだが。
これには偶然居合わせた八戒だけでなく、組の者も一様に驚いた。
八戒が一番印象に残っているのは
その顛末を見ていた天蓬が捲簾の寝屋の方を見てひと睨みし
再び読んでいた本に目を落としたが
平静を装っているように見えて、よく見ると眉間には深くしわが刻まれ、
こめかみには青筋が出ていたことだ。

「とにかく、もう出て行くから。どうせあんたは
親分さんの使いであのチンピラ呼びに来たんでしょ。行きなさいよ。」
花喃は一方的に言うと、ぴしゃりと自室の襖を閉め、
再び荷造りしだしたようだった。
花喃の言う通り、八戒は悟浄を呼びに来たところだ。
連日の指名をきっかけに、八戒と悟浄とは大分親しくなっていた。
花喃はチンピラなどと言うが、
話をしてみると、悟浄は派手な外見に反して意外と優しい事が分かった。

「悟浄。」
部屋の外から声をかけると、のろのろと襖が開いて
寝間着姿の悟浄が出て来た。
襖の間から部屋を覗くと、夕方になるというのにまだ布団が敷かれている。
「まだ寝ていたのですか?よくそんなに眠れますねえ。」
悟浄のぼんやりした顔がおかしくて、八戒はくすくす笑った。
「夜のお勤めがハードだからよ。
この時間にお前が来たって事は、今日も俺?」
「そうです。捲簾がいつもの時間に来いと言ってました。」
「へいへい。毎日毎日よく飽きねえなあ。
あ、八戒ちょい待ち。」
悟浄は一度部屋に引っ込むと
ぎゅっと八戒の手を取り、いくらかの金を握らせた。
「いつも呼びに来てもらって悪いから。」
「悟浄いけません。これが僕の仕事ですから。
こないだも頂いたし・・・」
「いいって。また好きな本でも買えよ。そしたらまた内容教えて。
俺本読むの苦手だからさ。」
そう言って八戒の髪をさらさらと撫でる。
八戒は毎日の、こうした悟浄との会話がなにより楽しかった。
ひょっとしたら悟浄はこの屋敷の中で唯一心を許せる存在かもしれない。

 

夜。悟浄はいつも通り母屋の捲簾の寝屋に向かう。
その前に必ず天蓬に声をかけるのがこの家の決まりだった。
「天蓬さん。上がらせてもらいます。」
「はい、どうぞ。」
天蓬は悟浄の事を見もせずに言った。

天蓬は小さな明かりの下で本を読んでいた。
隣には日本酒の一升瓶と、空の丼茶碗。
見た目はいつもと変わらないが
よく見ると少し小首をかしげて本を読んでいるあたり、
すでに丼一杯の酒をあおったのだろう。
ネクタイを緩めチラチラと見える白い首筋と
その小首を傾げた仕草はなんとも艶があり
悟浄はそんな天蓬を見るたび、話でもしたいと思うが
声をかけたとて、立場上邪険に扱われるのは目に見えてる。

だいたい最初はコップで飲んでいた酒が
今や丼茶碗。その元凶は自分にある。

のそのそと階段を上がり、捲簾の寝間に
「悟浄です。」と一言言ってから入ると捲簾が
布団の上に寝転がって気だるそうにタバコを吸っていた。

そのタバコをもみ消してすっと立ち上がったと思うと
悟浄に噛み付くような口づけ。
すでに多量の酒をあおっていたのか、唇から伝わる吐息は
酒気を帯びていて唇がひどく熱い。
ただただ自分の欲だけをぶつけるようなキスは
悟浄の舌も追いつかず、けれど諦めてなすがままにしても
息もつけないくらいの苦しいものだった。

そのキスの間。捲簾の手が悟浄の体を這い
素早く悟浄の浴衣の帯をはぎ取る。
「はっ・・・」
よくやく唇を解放されて呼吸を整えようと思ったその時、
悟浄は髪を掴まれ勢い良く布団の上に倒された。

捲簾の悟浄に対する扱いなどいつもこのようなものだ。
毎日呼ばれているからといって、
別段捲簾に好かれている訳でもなんでもない
ことを悟浄は自覚している。
その唇で貪るように首筋を愛撫されても
熱い手のひらで激しく攻められても
捲簾は決して自分の事など見ていない。

終わった後は、いつも決まって
悟浄の真っ赤な髪を手で梳いて弄ぶ。
その時でさえ。
捲簾の中にはきっと別のものが見えている。

悟浄がそんな事を考えている間、
捲簾がばっさばっさと自分の浴衣を脱ぐ。
見上げると、背中の龍の入れ墨にひと睨みされた。

 

女の妾を誰にするか悩んで悩んで結果、花喃になりました。。。

▲任侠沙汰