第10話 (天蓬)
勝手に、無茶苦茶気持ちいいキスをして、
勝手に、自分のそばに置いて、
勝手に、恋愛感情を家族愛に昇華させて。
それでも僕とキスすれば全部捨ててでも
落ちるところまで落ちてしまうから駄目だ、と言った。
なんて、エゴイストな人。
あの時。キスしたら捲簾を手に入れる事ができたかもしれないのに。
たった数センチの距離を。首を少し伸ばすだけで
何年もの執着にケリを付ける事ができたのに。
できなかった。
僕も捲簾さえ手に入れば、あとはどうでも良いと
思っていた人でなしだったのに。
その瞬間に、
八戒に抱きつかれた時と、
半田屋で3人でお茶飲んだ時の、
あの気持ちが押し寄せて来て。
キスできなかった。
どうしても、手放せない。
ならば僕も家族愛に昇華させるべきなのか。
それとも今まで通り執着する事ができるのか。
そうしたいのか。したくないのか。
自分がどうしたいのか。分からない。
「天蓬、粉、ここにまいて!」
悟浄に言われて我に返る。
というか、まずこのシチュエーションを説明して欲しい。
あれから数日たって、ある土曜日の夕方。
めずらしく捲簾が家にいる・・・ばかりではなく
悟浄と八戒を巻き込んで夕飯を作っているのだ。
聞けば捲簾が急に「今日の夕飯は俺が作るからお前ら手伝え。」
と言い出して八戒と悟浄を連れて買い出しに行ったのだそうだ。
こんなの初めてですね。
悟浄も「おやじって料理できるんだな。」なんて言ってるし。
「できるんですよ、あの人は。」今までやらなかっただけで。
悟浄は小麦粉を捏ねたような物体を、
めん棒で直径12センチくらいに伸ばしている。
どうやらそれらの生地がくっつかないように
時々粉をパラパラ振り掛けるのが僕の役割らしい。
八戒と捲簾は、悟浄が作った生地に具を詰めて、
器用にたたんでいる。ああ、餃子ですか。
「悟浄!これでかすぎだ、直径10センチっつったろ。」
「だって大きくすれば、でっけえのができるじゃん!」
何ですかこの楽しそうな空気。
捲簾が餃子を焼いてるその両隣で、子供ふたりが
「へー」とか「わあ」とか言ってまとわりついて。
悟浄が作ったごった煮・・・というか具沢山のみそ汁と、
炊きたてのご飯と大量の餃子を4人で黙々と食べる。
「うめえだろ。」と勝手に満足してる大人1名と、
「おいしいです。」「つーかこんなうめぇもん作れるなら
たまにはメシつくれよ!」と喜んでる子供2名。
そして自分はどこに収まるでもなくクラゲのようにふよふよ漂っている。
どうしたらいいのかなんて分からないけど。
餃子を焼いてる時の、捲簾の背中を見て、つくづく、思った。
やってる事もやってきた事も出鱈目で、勝手で、エゴイストで。
とても憎いし他にもきっと憎いと思ってる人も沢山いるに違いないのに
本人は言い訳も弁解もせず、受け止めて、飄々として、
その上むやみやたらに堂々としてて、姿勢が良くて。
ああ、好きだな。と思った。
きっと、ずっと好きなんでしょうね。僕は。
夜。ベランダでタバコを吸っていたら
捲簾が来た。ビール缶ふたつ持って。一つ差し出される。
「ビールあったなら餃子食べてる時に出してくださいよ。」
「るせえ。嫌なら飲むなよ。」
ベランダにもたれて2人。ビールを飲む。
「今日は一体なんのつもりですか。」
「まー色々あったし。俺もちゃんと父親やらねえと、と思って。
つーかてめえは皿も洗わねえで何やってんだよ。」
「僕が皿洗うと汚れが残るだのズボラだの言って、悟浄と八戒が代わってくれました。」
「・・・てめえは研究以外全部ズボラだな。」
何の会話だろう。これは親子の会話なのか。兄弟の会話か。それとも。
いや、関係に名前なんていらない。
名前をつけて役割を当てはめるなんてことは、もう。
「僕は諦めませんよ。」
「は?」
「あなたが仕事投げ出そうが子供捨てようが知った事じゃないです。
僕はあなたも研究も弟2人も、離さない。」
捲簾の顔は見なかった。
親子でも、恋人でもない、何かに。
きっと、どうにでもなる。どうにでもできる。
なんのための脳みそだ。なんのために今まで勉強してきたのだ。
ビールを一気に飲み干して、タバコを吸い込むと
恐ろしい程に頭が冴え渡った。
さあ、この先、どうしてやろうか。
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おわり。ここまで読んで頂いた方々、ありがとうございまず。
どうでもいい解説。
遊び人だった学生時代から天蓬の事が好きだったけど、
子供のこともあって、昔のような無茶苦茶な恋愛はもうしないと心に決めた捲簾。
金銭的に援助して近くで見守ることで、欲を埋めようとする。
一方、捲簾の意図など知るところではなく、
捲簾に執着し、色欲を満たす事だけを考える天蓬。
八戒も悟浄は家に居場所がなくて不安定。
各人が好き勝手やりすぎて、誰ともつるまない家族が
頼って頼られて、「あ、居心地良いかも」って思うところが着地点。
さらに天蓬は捲簾の意図を知っても
開き直ってどうにかしようとする話。を書きたかったのですが何が何やら。