目が覚めたら、敖潤の部屋にある、
応接セットのソファに横になっていた。
天蓬は自分の身なりをまじまじと見た。
引きちぎられたはずのシャツは、ちゃんと前でボタンが締められているし
その上に白衣も着てる。スラックスもはいている。
ホルスターも装着したまま、拳銃もちゃんとある。弾は満タンのまま。
一瞬夢だったかと思ったが、手首に手錠の跡がしっかりと残っていた。

「気分はどうだ。」
さらに顔をあげると、そんな天蓬を心配そうな顔で見つめる敖潤がいる。
「僕は・・・?」
「1時間程前、私の部屋の前で倒れていた。
過酷な任務だったようだが・・・よくやった。
休みを取って体を休めるといい。有給にする。」
「あの、待ってください。よくやったって・・・。」
「君は麻薬取引の証拠写真、東方軍高官の
書簡を持っていたじゃないか。
確認させてもらったが・・・これはかなりの重要証拠になる。」
書簡も証拠写真も天蓬には覚えが無い。
捜査を始めたばかりのところで、敵に捕まったのだから。

「・・・あと敵の一部で仲間割れが起こったらしくてな。
西方軍管轄内で東方軍の兵士の遺体が見つかっている。
東方軍に遺体を引き渡す前に遺留品や身につけていた物を
調べさせているところだ。
ここからもかなり有益な情報が得られそうだ。」
「遺体って・・・。」
「3人の男が撃たれて死んでいた。懐には麻薬が入っていた。」

とっさに、自分を尋問した3人の男が天蓬の頭の中に浮かんだ。
3人の遺体とあの男達を結びつける根拠など無いのだが、
なんとなく、そうではないか、と天蓬は思った。

「倒れてたって・・・僕一人で?他に誰か・・・」
「いない。君はひとりで倒れていた。」
どういうことだ、と天蓬は考え込んだ。そしてはた、と閃いて聞いた。
「竜王敖潤、『東方軍のツテ』からの連絡は?彼の正体は?」
「未だなし。私自身は彼に会った事も無い。
それがどうしたというのだ。」
敖潤は半ば苛立っている。

一体どうなってる。あれから何があった。何をした。
あの男に聞かなければ。確かめなければ。
あの男に会わなければ。

「閣下、まだ調査は終わっていません。
僕は任務に・・・東方軍に戻りま・・・」
「落ち着け天蓬元帥!」
敖潤が珍しく大声を出したので、天蓬はとりあえず
口をつぐんだ。敖潤が難しい顔をして、言う。
「シャツの中を、自分の体を、見てみたまえ。」
いつも緩いネクタイがさらに緩くなっていて、シャツの第一ボタンが
開いていた。天蓬をここまで運んだ敖潤が緩めたのだろう。
そのネクタイを取り去ってシャツのボタンをはずしていくと。

肩、胸、腹・・・と体中に無数の、赤い痕。
とっさに窓ガラスに写った自分を見ると
それは首筋にもあった。

「任務中に何があった・・・?」
訪ねても返事するでも無く、自分の体に見入っている天蓬に
敖潤は大きくため息をついた。
「言わないのであればいい。
・・・とにかく君は頭を冷やせ。報告書は後でも良い。」
この男はきっと下世話な想像をしているのかもしれないな
と天蓬は頭の片隅でちらっと思った。
しかし。そんなことはどうでもいい。

自分の体に点々と広がる、赤い痕をじっと見つめる。
こんなになる程、ずっと抱き合っていたのだろうか。
何度繋がったかも分からない程だが、
今思えば、あっという間だった気がする。
物足りない、という言葉が頭に浮かんで、
なんだか可笑しくなって、天蓬は笑った。
敖潤が一層変な顔をしてこちらを見ていたが、気にしなかった。

それから。
その男と再会することもなく時は過ぎ、
天蓬は現場復帰して任務をこなす日々だった。
酒を飲まなくても寝られるようになったし、本だって
昔と同じようにいつまででも読んでいられるようになった。
前と違うのは体が軽くなった事くらいか。
いや重くなったのかもしれないし、楽になったような
逆に苦しくなったりもする。
天蓬は自分のそういう気持ちにあえて名前をつけることもなく
解析することも黙殺することもなく、
自分の中で遊ばせておいた。

『また、あとでな。』
そう言ったのに。
あの男は何者だったのか。
今、一体何をしているのだろうか。

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