これではオオカミの群れに離されたウサギ同然だと、
天蓬は自嘲した。

というのも、行方不明になった西方軍の兵士が捕まっていたと仮定して、
西方軍が内々に東方軍の麻薬調査を行っている事がバレていれば
自分も只では済まない。

そして、西方軍への麻薬汚染は今のところ下級兵士のごく一部。
敵の目的が金にしろ出世にしろ、西方軍上層部にも
麻薬を浸透させる足がかりとして、
東方軍にのこのこ出向してきた自分を利用したい
と思っているはずだ。
自分が逆の立場ならそうする。と天蓬は考えていた。

結局内偵調査などとは名ばかりで、体のいいおとり調査だ。
そんな状況で許された装備がブローニング一丁。
下界遠征にしても、無計画、無謀を絵に描いたような
装備・予算でしか決済がおりず、これで成果を出せ、
と毎回言ってのけるお偉い方には頭が下がる。いろんな意味で。
昔は緊張とプレッシャーまみれのそんな過酷な任務でも、
こなす毎にそれなりの充足感は得ていたのだが。
今はというと。

そんな考えを、すでに虚無でいっぱいになっている腹の中に
無理矢理押し込むと、天蓬は再び手元の資料に集中した。
東方軍の資料室。軍儀の合間を見つけては、
ここ最近の下界への出陣状況を調べていた。
麻薬は天界では栽培されない。
下界から採取したものを天界に持ち帰っている者が居るはず。

資料室の中には数名の兵士がいた。
なるべく一人にならないように、人気の多いところ、
死角にならないところを選んで資料をあさる。
そうすれば不意をつかれることもない、と天蓬は思っていたのだが。

「あんたが天蓬元帥か。噂通りの美人だな。」
背後で声がした。いつの間に。
「んっ!」
振り向く間もなく、口を手で塞がれる。
軍人らしくない、軽い調子の声。顔は見えない。
「薬漬けにするには、惜しいわ。」
「!」
ホルスターの中の銃に手を掛けたのもつかの間、
ひどくひねり上げられる。
「・・・んんっ!」
堪らず声を漏らすと、周囲に居た兵士達が一斉にこちらを見たが、
皆何事も無かったかのようにすぐさま各々の手元に視線を戻していく。

ああ、みんなグル・・・

そう思ったところで、銃が奪われ背にグリップの一撃。
意識が遠のいて膝が崩れる。
抱きとめた男の体からは、タバコの匂いがした。

水をかけられて目が覚める。何度目の覚醒だったか。
床の冷たさが横たわった体にしみる。まるで自分の部屋に
居るような錯覚を覚えたが、次の瞬間には自分の置かれた状況を思い出した。

結局天蓬は資料室で捕まり、
待ち構えていたかのように東方軍の手に落ちて
こうして尋問を受けていた。
目隠しをされていてここがどこなのかも分からない。
そして後ろ手に手錠をされている。

数人の男がそれぞれに何かを言い、天蓬の体を揺すったり
髪を掴んだりしているが、天蓬はすでに意識が朦朧として
聞き取れない。
おそらくは東方軍の麻薬汚染について、西方軍がどこまで
情報を掴んでいるのかと聞いているのだろう。
やはり作戦は漏れていた。最初に覚醒した時に
「この男に見覚えは無いか」と見せられた、
西方軍の兵士はすでに尋問を受け見る影も無い程に
顔を腫れ上がらせていた。
虚空を睨みつけてピクリとも動かないそのこめかみには銃創があり、
血が髪の毛にこびりついて固まっていた。

「うっ・・・んんっ!」
誰かが天蓬の首に手を回し、きりきりと締め上げる。
息ができず、天蓬は呻いた。
「そろそろお話頂けますか、天蓬元帥殿?」
天蓬が何も言わないでいるとさらに腕に力を込める。
「あぁっ!」
苦しさに身をよじる。
「ああ、良い顔だ。」と誰かが笑う。
腕の力が弱まる事は無く、そのまま意識を失う。
そして頬を打たれるか水をかけられるかして
叩き起こされ、自白しなければまた首を絞められて失神、の繰り返し。
外傷を残さない拷問のひとつ。

これで何度意識を失っただろう。
体は動かない。男達の嘲笑まじりの会話はBGMのように
つらつら流れて言葉を理解する気力も無かった。
「こいつ全然吐きませんね。」「首締められてる時の顔、見たか?」
「もっと良い顔見せろよ。」

誰かの手が体をそろそろと這う。
「あ・・・ん・・・」
やっと拷問が終わったと勝手に判断した生理が、
そこかしこに触れられるたび、びくりと体を震わせ、
または甘い声が漏らすのを止めることができない。

笑いながら誰かがビリビリとシャツを引き裂いた。
「あっ・・・。」
胸の先端を引っ掻かれ、その生理に従って喘ぎ声が漏れてしまう。
くつくつという笑い声。一方では別の手が天蓬の下半身を弄っていた。
また一方では首を絞める。まるで天蓬の表情を楽しむかのように、
ゆっくり、じわじわと。

意識が、再び遠のく。
拷問される方は、意識を失うごとに死への恐怖が増していくのだ、
と聞いたことがある。それが頂点に達したら、自白してしまう。
しかし天蓬が今、低下した思考能力で感じているのは
恐怖ではなく失望だった。
ああ、自分はまたお偉方の私欲に巻き込まれて、
慰みものになって、落ちていく。

部屋には男達の荒い息づかいと笑い声が満ちている。

その時だった。

パタンとドアが開閉する音がして、人が入って来た。
「いよお。お疲れさん。」
軽い調子の、あの声。
資料室で天蓬を襲った男だった。

拷問描写は今読んでる小説の影響をもろに受けてる・・・

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