部下を死なせたあの任務から、1ヶ月程度経過していた。
その時天蓬自身も重傷に値する傷を負い、退院したのもついこないだ。
固く冷たい自室の床に横たわっていると、傷もまだ癒えていない体が軋んだ。
目覚めは最悪だ。
寝転がったまま手を伸ばし、その辺に置いてあった酒をあおる。
死んだ部下が「助けてくれ」と泣き叫び
その家族が「お前が殺した」と叫ぶ。そんな夢をもう何度。
現実にはそんな事を言われた訳もなく
気持ちも切り替えているつもりだが。
夢の中の自分はいつも激しく動揺していて
起きがけはいつも、その動揺がこびりついて抜けていかない。
怪我のせいで任務から外されていて、気を紛らわす事すらできない。
しかしてこの有り余る蔵書に手を付ける気にもなれない。
こうして、日がな一日酒を飲みながら寝転がっていると
以前からくすぶっていた真っ黒な空洞が、シミのように増大して
自分を支配していくような錯覚に陥る。
今までもこれからも。どこにも行けないような何もできないような。
そんな動揺と虚無が交互に頭の中を満たしては
酒を飲んで僅かに打ち消しての繰り返し。
そろそろ頭がどうにかなりそうですね、と他人事のように
考えていたある日、それは来た。
「元帥殿、聞こえておりますか?」
気づけば、戸口で若い兵士が困った顔をして立っている。
「元帥殿、竜王敖潤閣下がお呼びです。」
「分かりました。すぐに行きます。」
よっこいしょ、と立ち上がると、体が盛大に悲鳴を上げた。
「体の具合はどうだ。顔色が良くないが。
カウンセリングは・・・」
久々に見る天蓬の顔が入院していた時と変わらないくらい
青白い事に気づき、天蓬の「触れないでください」オーラを
ものともしない敖潤はしっかりそこに触れて来た。
「閣下、ご用件を。」
かたや天蓬といえば、自分の身の内の事を
誰にも打ち明ける気などないので敖潤の言葉に被せて話を促す。
話を無理矢理促された敖潤は、小さくため息をついて言った。
「天蓬元帥、君に内偵調査を命ずる。」
話を聞けば。
最近東方軍の一部で、麻薬汚染が深刻化しているらしい。
これは軍上層部や一部の役人にのみ公表された情報だ。
事が公になる前に、東方軍は軍の威信にかけても
麻薬汚染に関わる人物を捜査し処罰、組織の立て直しを図ると
宣言している。が、収束する気配がない。
さらに問題なのは、汚染が東方軍内部に留まらず、
役人、さらには西方軍にまで飛び火していることだ。
「我が西方軍でも内々に捜査に乗り出したのだが、
東方軍内の“ツテ”によると
軍の一部、それもある程度の高官が意図的に
麻薬をバラまいているフシがあるそうだ。・・・そこでだ。」
退院したてで下界への任務には復帰できないでいた
天蓬に白羽の矢が立った、というわけだ。
表向き適当な任務で東方軍に出向し実態を探れという。
元帥クラスの高官が内偵、というのもなかなか目立つが
汚染に関わってる人物が軍高官の可能性が高いとなると、
この肩書きでなければ入れない場所、話せない人物などが調査対象になる。
「実は内偵に出した西方軍の兵士一名が行方不明になっている。
東方軍の情報のからの連絡も途絶えた。何かあったのかもしれん。
まあ“ツテ”の方は2重スパイの可能性も否定できんのだが。
危険な任務である事には変わりない。」
そう言って敖潤は机の引き出しから
ブローニング一丁、予備のマガジン、ホルスターを出して来た。
「不殺生など、建前にすぎんからな。」
そう。下界の妖怪討伐では不殺生が絶対条件にも関わらず
軍上層部や役人達の間では出世や派閥争いなどの
謀略、不正に満ちており、内々に処理されるが、まれに死人も出る。
どちらが妖怪か分かったものではないのだ。
天蓬がホルスターを装着するのに白衣を脱ごうとすると
それをじっと眺めていた敖潤はおもむろに立ち上がった。
「顔色が良くないが。大丈夫か。」
「大丈夫です。任務には差し支えありません。」
「だといいが。」
「・・・んっ」
敖潤の指がそっと、天蓬の顎に添えられ、唇を塞がれる。
この種族特有の、長い舌が天蓬の口を割って、
口腔にねっとりと侵入してくる。
敖潤とは何度か関係を持った事があったが
それに何か特別な感情が絡んでいる訳ではない。
ただお互いが欲を処理するだけのものだったと、天蓬は自覚していた。
その後、応接用のソファでセックスしたが
天蓬の体を気遣ってか、敖潤の愛撫も挿入すらも
どれもいつもより優しく、体があちこち痛むだけで
天蓬の欲は満たされなかった。
敖潤の長い舌がそこを愛撫しても、
冷たい肌とひたひたと擦れ合っても、
冷たい肌に反して熱い熱いそれが侵入してきても。
物足りない。何かが。圧倒的に。
腹に堪った真っ黒な空洞は、消えない。
「あぁ・・・っ」
天蓬は、もどかしさに、喘いだ。
明日も明後日もこの先ずっと続いていくのかと思っていたこの空洞は。
任務が始まれば、少しは薄れるだろうか。
危険な任務だという。この疎ましい空洞を感じずに済むのなら
危険な方が、むしろいい。
行為には上の空で、天蓬は思った。
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敖潤:天蓬の体を気遣う<性欲
ブローニングはルパン三世の不二子が持ってるのと同じ拳銃です。
天蓬も最遊記外伝の不二子みたいなもんだろ!(うそです)